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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
結納に挑むひとたち 02
しおりを挟む――まるで彼女と過ごした文月の日々が夢のようだ。
第二鹿鳴館と揶揄されている豪奢な白亜の麹町迎賓館の国賓が宿泊する客室に滞在していた異能持ちの姫君。
左目を怪我して軍から退役することを決めていた資を強引に護衛に据え置いた陸軍上層部。彼女のために金を積んだ異母兄とその婚約者でかつて自分の監視対象だった綾音。どこからどこまで仕組まれていたのだろう。
資は綾音と似たような異能を持つ、見た目もそっくりな姫と接近し、恋に堕ちた。彼女は魔に魅入られた姫君だと誤解して、彼女を救うためすこしずつ関係を進め、どんどん本気になっていった。その結果、逆に自分が魔に憑かれて彼女を強引に奪おうとしてしまったが、彼女の機転で自分を取り戻すことができ、ひとつに繋がることが叶った。
時宮の女は異能を発揮するために男の精を必要としている。そのことは痛いくらいわかっていた。そこに愛が存在していないことも。けれど、彼女――音寧はそうではないと、自分は資の精しか欲しくなかったのだと言ってくれた。時を翔るちからで未来からやってきたという、俺の嫁は。
「――そうだ資。桂木農園の、分家にいる娘を知っておるか?」
「知りませんけど?」
急にどうされたのですか、と呟けば、ご隠居はふうん、と瞳を閉じたまま考え込む。
「静岡にいる器量良しの年頃の娘さ。お前の嫁候補だ――名前はたしか「おね」とか「いね」だったっけか?」
「逢ったこともないのに名前なんて……俺が知っているわけないじゃありませんか」
自分は未来の嫁と愛を育んできたばかりだというのに、三代目は違う女性を嫁候補だと言いはじめる。
思わず顔を顰める資に三代目は楽しそうにからからと笑う。
「そんな顔するな。すぐではないぞ……向こうもまだ女学生だ。それにいまは傑の結婚を見届けるのが先だからな」
あと一年くらいしたら、正式に話を進めるかな、と半ば一方的に三代目は決めつける。
軍を退役し、岩波山の一員になって、一年したら。
自分はどうなってしまうのだろう。
傑と綾音が仲睦まじく岩波山の店舗を切り盛りしているのを見ていても、胸が疼くようなことはなくなるのだろうか。
運命を感じた彼女と未来でふたたび巡り合って、結ばれることは叶うのだろうか。けれども彼女は資のことを「有弦さま」と言っていて……?
五代目有弦を襲名するのは、異母兄の傑だ。自分が彼を差し置いて襲名するなど、ありえないのでは?
「ご隠居。傑が五代目有弦を襲名するのは、祝言のとき、ですよね」
「ああ。結納を終えて、三月後に行うことになっている。そのときは今日よりも多くの人間が日本橋本町に集まってさぞ賑やかなことになるだろうよ」
まだ見ぬ未来を想像して上機嫌になる三代目と、どこか一抹の不安を感じる資。
ふたりを乗せた車は渋滞にあうこともなく、予定よりも早く日本橋本町の岩波山本店へ到着するのだった。
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