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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
赤き龍の策謀と張り巡らせる罠 02
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音寧が軍の管理下に置かれるようになって六日。暦は葉月を迎え、本来なら朔日に行われる予定だった傑と綾音の結納の日も何事もなく過ぎてしまった。
時宮の邸から通っていた綾音も、音寧の近くにいた方が都合がいいからと三日ほど前から荷物を運びこんで音寧が暮らす部屋に滞在している。軍がふたりのために用意した護衛である尾久に配慮したのが主だった理由だが、別れのときが近づいている音寧と少しでも一緒にいたいという自分のわがままなのだと綾音は晴れやかに告げ、音寧と尾久を驚かせた。
はじめは緊張していた尾久も、女三人で時間を過ごしていくうちに、音寧とも打ち解けて話してくれるようになった。
……とはいえ、尾久が男装して軍に所属していたことを知らされてからも、彼女は男の姿で綾音と音寧に向き合っている。
彼女がなぜ男だらけの帝国軍のなかにいるのか、深い事情は知らされていないが、綾音と音寧の貞操を守る、という意味では最強の相棒となっていた。
「おかしいですね、本来なら昨日あたり、赤き龍が本性を現すはずなのですが」
「現れるのは雑魚ばかり、ね」
「わたしは気配しか辿れなかったですが、千里さまが流れるように退治されてらして驚きました」
「我が軍では訓練によって魔眼と払魔の技術を身につけさせられるのです。資どのの払魔は軍のなかでも優秀だったのですが……」
「魔眼を失ったことで自分は役立たずだと感じたんでしょうね、退役届を即座に軍に出したほどだし」
綾音と尾久のやりとりに耳を傾けていた音寧は気配だけで魔を払っていた資のことを思い出し、そうだったのかと頷く。
ふむふむと頷く音寧に、それよりこれからどうするか考えないとね、と綾音が視線で訴える。
「この数日でわたしが考えたのは……むやみやたらと麹町周辺を夜中に歩き回るだけじゃ、難しいんじゃないかな、って」
「どういうこと?」
「なんだか、このまま赤き龍が出現するとは思えないのです」
赤き龍の出没期間が近いとのことで、ここ数日は夜の散歩と称して尾久と音寧は迎賓館近辺、麹町周辺をふらふらと歩きまわっている。はたから見ると軍人と令嬢の二人歩きだが、尾久は気配を消すことができるため、魔物からすれば音寧がひとりで歩いているようにしか見えないのだという。
そのようなこともあり、赤き龍ではないものの、悪意の塊のような鬼や得体のしれない虫のような生き物などが音寧の周りに寄ってくるのだが、肝心の赤き龍につながるような魔物とは遭遇できていないのである。
「先日の四人目の犠牲者は浅草結界を出てすぐのところ、日本橋区域内で赤き龍に襲われたと考えられます。最初の犠牲者、二人目はともに京橋区の銀座周辺でしたが、三人目は四人目と同じく日本橋区で殺されています。軍部が把握している赤き龍との契約者の多くが銀座・京橋に滞在していたことからも、繁華街で標的を見繕っているのかもしれません」
「銀座に日本橋ねぇ……」
尾久が滔々と持論を語れば、綾音が胡散臭そうな表情を浮かべる。彼女がこういう顔をしているときは、たいてい何かに勘づいているときだ。音寧がじとりと双子の姉を見つめれば、観念したように息をつき、小声で囁く。
「姫は日本橋に行ったことがないから、わからないかもしれないけれど。あそこにはさまざまな商人がいるわ。悪魔と契約して自分の利益を貪ろうとする人間のなかには自分の娘を差し出す、って可能性も否めないの」
「え」
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