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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
生贄の乙女に守護の戦姫 02
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気怠い身体に鞭を打って身なりを整えた音寧は綾音に連れられて階段を降り、広間で並んでいた三人の軍人と顔合わせをする。傑の姿が見えないが、あれからまる一日が経過しているのならばいなくてもなんらおかしいことはない。
綾音によると、資が出ていった際に一緒に迎賓館を出て、店に戻ったという。異母兄弟がどのようなことを話しながら迎賓館を去ったのか気になったが、いまは目の前にいる男たちと挨拶をするのが先だ。
「日本帝国第参陸軍特殊呪術部隊所属、魔物掃討組織の皆さんよ。舌噛みそうな名称よね」
綾音に紹介された屈強な男たちはそれぞれ若い順に檜沢、尾久、山縣と名乗った。山縣という名前に聞き覚えがあった音寧は、ひとりやつれた表情の彼の冷え切った視線を前に硬直する。どこかで見たような気がーー?
「彼女が……赤き龍の囮役を?」
綾音と音寧の瓜二つな顔を見合わせて、一番若いであろう檜沢が驚きの声をあげる。童顔の尾久がそんな彼を窘めるように肩を叩き、綾音と音寧を凝視している。
「岩波資が護衛をしていた異能種だ。綾音嬢の遠い親戚だというが、ここまでそっくりだったとは……」
「将校どの、おなごをそうあからさまに見つめるものではございませんことよ」
「これは失礼」
綾音が苦笑を浮かべながら山縣に声をかければ、将校と呼ばれた彼は無表情のまま黙り込む。なんだかとっても気まずい雰囲気である。
音寧の怯えた様子を一瞥していた尾久が、すっと跪いて落ち着いた中性的な声で話しかける。
「岩波資どのに代わり、しばらくはわたくし尾久千里が姫の担当になります。至らぬ点も多いかと思いますが何卒よろしくお願いいたします」
「あ……はい」
男のひとにしては長めの、薄墨色の髪をひとつに束ねている尾久の表情をまじまじ見つめれば、彼は困ったような表情を浮かべている。
「千里くんは軍と行動をともにしている間あたしの護衛をしていることになっていたけど、これからは姫の護衛も務めてもらうわ」
「え」
音寧が知る綾音はいつだって傑と一緒だった。けれども軍の組織下にいるときの彼女には、尾久がついていたらしい。
「もちろん傑とも仲がいいのよ。だから心配しないで」
綾音がそう言うのなら、彼は信頼できる人物なのだろう。音寧は素直に頷いて、尾久に微笑みかける。
その様子を面白そうに檜沢が、つまらなそうに山縣が見ていた。
* * *
尾久を残して檜沢と山縣は迎賓館から去っていった。赤き龍が次にいつ出没するのか、解析をすすめている青山にある陸軍本部のもとに戻るのだという。次に魔物が現れやすいのは新月にあたる葉月朔日……本来なら綾音と傑の結納の日の夜あたりになるだろうとのことだった。
「赤き龍の出没を予測できるのですね」
目をまるくする音寧に、尾久はだいたい十日から二十日感覚で実態を持つ魔物は活性化する時期があるのだと小声で呟く。出没の循環期を把握することで、年頃の女性の夜の外出を控えさせることはできているものの、赤き龍の場合は潜伏している間に人間の姿を騙るためそれ以前に標的に近づき犯行に及んでいる危険性が否定できないのだという。先日の四人目の犠牲者は現に人間の姿をしていた赤き龍に殺された後に本性へ変じて心臓を喰らったとされる。
その犠牲者が将校の娘で、音寧も顔を合わせたことのある山縣真夜子であったことを、尾久も綾音も告げないまま、話をつづけていく。
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