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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》

幸せの終焉と別れのとき 01

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「断る」
「残念だけど資に拒否権はないよ。これは決定事項だ」

 音寧と綾音が客室でお茶をしているのと時を同じく、一階の応接間では仏頂面の資と苦笑を浮かべる傑が睨みあっていた。

「彼女は軍に匿われていて、現に俺の護衛を受けている身の上だ。なぜ一商人でしかないお前が彼女を表舞台へ立たせるようなことを」
「そもそもの前提が間違っている。資は姫の護衛を命じられてはいるが、それ以外の権限は存在していない。軍はたまたま綾音の縁戚の姫君も異能持ちであることを知っていたから、俺に打診してきた。どうせ結納の日まで滞在しているのなら、事情を説明して協力を仰げば良い、ってね」
「……檜沢か?」
「まさか。山縣将校だよ。資が護衛対象に入れ込んでいることに危機感を抱いている。自分の娘が死んだのに、別の異能持ちの姫を必死に護衛しているのが気に食わないみたいだね」
「だが、彼女は無関係だ」

 うんざりした表情で呟けば、傑は資に「そういうわけにもいかないんだよ」となだめ透かすような声音で言い返す。

「真夜子嬢が死んだことで、現場は混乱している。残された綾音がひとりで赤き龍と立ち向かうには無理がある。そうなると軍が白羽の矢を向ける人間は限られる」
「それでも」
「綾音の遠い親戚筋の異能持ちの姫君が帝都にいる。軍の人間は彼女がただならぬ異能を持っているから、わざわざ資を護衛に据えたと思っている。そろそろ代償を求められる頃合いだ」
「代償……?」

 傑が金のちからで彼女を迎賓館に留めたのではなかったのか? と問いかけるような視線を向ければ、異母兄は「それだけで軍が黙っていると思うかい?」とどこか楽しそうに言い返してくる。彼が何を言いたいのか理解できない資は、苛立ちを隠すことなく傑に向かう。

「応えてくれ、異母兄上。彼女が帝都に来た理由を知っているんだろう?」
「それを知ったところで、資にできることはもはや何もないよ」
「……だが」
「ずいぶん情が移ったみたいだね。ひと夏の間だけ、護衛に徹してくれればそれで良かったのに……まぁ、いまとなってはひと夏にも満たない、が正解か」

 姫と呼ばれる綾音の双子の妹、音寧が帝都へ現れたのは傑と綾音の結納のおよそ一月前のことだ。
 綾音に双子の妹がいることなど、彼女も資に教えてくれなかったし、資も時を味方につける双子令嬢の存在はお伽噺だと思っていた。
 けれどもはじめて音寧と出逢ったとき、「双子のような」と自分が無意識に口に出していたのも事実だ。彼女は綾音と双子であることを自ら告げることはなかったが、結ばれた際に「時宮の双子令嬢」と資に言われて否定しなかった。
 五代目岩波有弦となる傑はそのことを識っていたのかもしれない。だから、資に彼女を託して、異能を発揮させるよう、肉体関係を結ぶようお膳立てしたのだろうか。自分は綾音のことで手一杯だから。

「この世界での彼女が何者であるかなど、俺にはどうでもいいんだ。俺には綾音だけいれば、それでいいんだから」
「傑」
「怖い顔するなって。綾音の半神たる彼女がここに召喚されたのは、運命なんだよ」
「運命?」
「ああ。資も彼女に感じただろう? 俺たち岩波山の未来が、彼女の存在如何で決まるんだ……綾音にとって彼女は大切な半神だ。けれども俺からすれば、彼女は綾音を惑わす原因でしかない。わかるだろう? 綾音が俺より彼女を選んだら、どうなってしまうか」
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