時翔る嫁 双子令嬢と身代わりの花婿

第二部 初恋輪舞 大正十二年文月～長月《夏》

結納の延期と赤き龍の囮 01

　本来なら三日後の大正十二年葉月朔日に岩波山日本橋本店にて予定されていた岩波傑と時宮綾音の結納の儀だったが、次の吉日となる六日まで延期することになった。
　帝国第参陸軍特殊呪術部隊を率いる将校の娘で魔を誘引する異能を持っていた山縣真夜子が殺されたことで、赤き龍をおびき寄せることが困難となったからだ。

「そういうことだから、結納は八日後になるんだな……」

　浅草での出来事からすでに七日が経過していた。あれから資は迎賓館で何度も音寧を抱き、大量の精を彼女の子宮へ注いでいる。
　孕んだら責任を取るからと、資は音寧の膣奥へ白濁を一方的に与えつづけ、彼女も精力を蓄えるべく、拒むことなく快楽に溺れていた。先日まで童貞だったのが嘘のように、資は音寧を自分の思い通りに啼かせ、彼女を一途に求めてひとつに溶けあっては愛を囁いている。
　赤き龍のことがあるからか、音寧を外へ出すことはせず、西ヶ原の洋館で監禁下に置かれていたときのように、迎賓館の一室で、昼夜問わず寝台の上で音寧は宝物のように扱われていた。
　この日の夜も、先ほどまで濃厚なふれあいを楽しんでいたところである。
　身体を清めてもらった後に薄紅色の夜着を着なおし、寝台に転がされた音寧は、気だるそうな顔をしたまま、資の榛色の瞳を見つめていた。

「綾音嬢も忙しいみたいだな。貴女宛に手紙が来ていたよ」
「まあ、きっと結納延期をいち早く報せたかったのね……明日いらっしゃるときで構わないのに」
「仲がよくて妬けるよ」
「ふふ……」

　唇を軽くあわせるだけの接吻をして、資は部屋から出ていく。ゆっくりおやすみ、と扉が閉まったのを確認してから、音寧は封筒をひらいた。資が手紙を検閲せずに渡してくれたことに感謝しながら。

　ーーあやねえさまが手紙などというまどろっこしい手段を取るなんてありえないのに。きっと、資さまに報せてはいけない何かが書かれているのね。

　音寧の予想通り、手紙には結納延期の報せを隠れ蓑にしたこれからの計画が書かれていた。資には内密にする旨が、流れるような筆致で綴られている。筆跡からして、綾音ではない。きっと、彼女の名を借りて傑がしたためたものなのだろう。
　この状況がいつまでもつづくとは思えなかった音寧は、その内容に目を通し、安堵すると同時に、資との別れが近いことを悟り、ため息をつく。

『――其を以て帝国第参陸軍特殊呪術部隊は麹町迎賓館にて保護観察中の異能種に赤き龍討伐の要請を決定。時宮の破魔の異能相応と判断、ゆえに岩波資の護衛期間を繰り上げ終了とし、以降軍の管理下に置く。所在変更不要、仔細は明朝の指令にて。機密ゆえ退役扱いの彼には伝えるなかれ……』

　今まで軍が音寧の存在を黙認していたのは、傑が金を積んで、綾音の客人として扱っていたからだ。けれど、その姫と呼ばれる彼女もまた、綾音と同じ異能を持っていることを、軍は知っている――……

　手紙には皮肉にも赤き龍との戦いで綾音と行動をともにしていた異能持ちが死んで、彼女ひとりで仕留めさせるのは無理があるとの報告も記されていた。軍の上層部はいままで客人として大切に扱われていた音寧が、綾音に似たようなちからを有していると知り、死んだ同胞の代わり……悪魔を呼び寄せる囮として使えると判断したのだろう。たしかにこれは、資に秘密にしておいた方がいい情報だ。

　この様子だと、軍の人間に音寧が綾音の双子の妹だと露見したわけではなさそうだが……赤き龍を討伐するための手段が選べなくなってきている現状を知り、覚悟を決める。

　――ごめんなさい、資さま。彼方がくださった精を魔力に変換して、おとねも戦いに赴きます。

　これ以上、資の助けは期待できない。
　ここから先は、未来で待つ夫のために、音寧はひとりで立ち向かわなくてはいけないのだから。