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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》

つかの間の蜜月と忍び寄る悪魔 02

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   * * *


「……いま、なんと」
「お前に熱をあげていた山縣真夜子嬢が亡くなったって言ったんだよ……赤き龍の、四人目の犠牲者だ」

 迎賓館の一階応接室に現れた恰幅の良い男の報告を前に、資は凍りつく。
 早朝に浅草オペラ観月館から車で戻った音寧と資は音寧が滞在している部屋の浴室で汗を流したのち、軽食を共にしていた。そこへ訪れた不意打ちの客。
 資が部屋に音寧を残し、階段を下りれば、そこにはかつての同僚、檜沢ひさわの姿があった。

「現場は」
「浅草結界を抜けてすぐのところだ。すでに遺体は山縣将校の手によって回収され、埋葬の手続きに入っている」

 もともと隠された令嬢として公で姿を見せることのなかった真夜子である。世間の目を避けるため家族間で密かに弔うという将校の判断は賢明といえよう。
 突然の訃報に愕然とした資だったが、取り乱すことはせず、現実を受け入れようと口をひらく。

「そうか……遺体の状態は」
「直接の死因は頸椎離断による呼吸停止。即死だったと思われる。ただ、赤き龍によって死後、弄ばれ破損された痕跡がある」
「――殺してから?」
「ああ。鋭利な爪で身体全体を切り刻まれた後に心臓を取り出されたらしい。魔物に喰われた見方が強い。それから、特徴的だったのは下腹部の、子宮か……なかから引きずり出して潰したものが道端に棄てられていた……なぜそのような残酷なことをしたのかはわからない」
「そういえば、ほかの被害者にはそこまで惨いことをしていなかったな」
「ほかの被害者と異なる点はもうひとつある。身体から切り離されたからか、顔だけは傷ひとつない、綺麗な状態だったんだ」
「首と身体がバラバラにされた時点で綺麗も何もないと思うが……」

 淡々と告げる同僚の言葉を耳底に落としながら、資は苦い顔をする。
 部屋に音寧を残してきてよかった。昨日展望台で会った女性が、魔物の手によって殺され、死後も惨い目にあわされたことを知らされたら、彼女は絶対気に病むだろうから。
 魔を誘引する体質の真夜子は軍の指導を受けて自衛の術に長けていたはずだが、そんな彼女をも赤き龍は容易く喰らったのかと考え、資は焦りを覚える。破魔のちからを扱える綾音が赤き龍を討伐すべく軍と協議している最中だと傑は言っていたが……

「時宮の家にはすでに報告が行ってるはずだ。さすがに綾音嬢も戦友の不慮の死に驚いてるだろう」
「赤き龍の行方は? 奴の居所を辿ることはできなかったのか?」
「悪いけど現在調査中だよ。今朝遺体があがったばっかりなんだ」

 およそ一月前に赤き龍と対峙した資は、自分の左目を傷つけ忽然と姿を消した魔物の気味悪さを思い出し、うんざりした顔をする。
 あのとき現場には真夜子と、遅れて綾音が応援を連れて来てくれたが仕留めそこねてしまったのだ。おまけに魔を誘引する真夜子が赤き龍を呼び寄せるまでは計画通りにいったが仕掛けた罠に引っかからず、激昂した奴が彼女を襲おうとしたところを庇った資が負傷してしまった。
 あれ以来、資は前線を離脱してしまったが、その後も真夜子は何度か自分の異能で赤き龍を呼び寄せて罠にかけようと奮闘していたらしい。破魔のちからを持つ綾音が近くにいると嫌がって姿を見せないから、なるべく夜、ひとりで……
 今回の惨劇は、真夜子が独断で赤き龍を御そうとして、失敗したものだと軍は判断している。だが、ほんとうにそうだろうか?
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