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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
真夜中に花は散らされる 03
しおりを挟む解放された音寧は、彼にふれられたことでふたたび媚薬のことを思い出し、もじもじと足を動かしはじめる。軟膏の効果は飲むものと比べて遅効性がある。いまはまだ耐えられても、この状態で一晩我慢することは難しい。身体に熱を籠らせ苦しむ音寧を前に、資が慌てて寝椅子へ連れていく。
「媚薬だな……なんということだ。姫にこのような無体をはたらいてしまうとは……」
資は自分が悪しきモノに憑かれ本能のままに音寧の花を散らそうとしていたことを痛感し、申し訳なさそうに彼女に告げる。
「姫が魔の存在に気づいていなかったら、俺は貴女を滅茶苦茶にしていただろう。目を覚まさせてくれて、ありがとう」
「いいえ……それより、熱いの、変、おかしくなっちゃ……」
「俺でいいのか?」
さっきまで鎖に縛した体勢で身体を開いて強引に悦楽を味わわせていたことに負い目を感じたのか、資はおろおろと苦しむ音寧を見つめている。色っぽい彼女の肢体を前に、資の下半身はすでに重たくなっていたが、良心が行動を諫めているようだ。
「意地悪しない、で……彼方じゃなきゃ、いや……なの」
「だが」
「お願い……いつも、の、禊みたい、に……」
「――わかった」
辛かったら止めるから、と頷いた資が、慈しむように音寧の唇に自分のそれを重ね合わせる。
腫れぼったい音寧の唇を慰撫するように、資の舌がゆっくりと伝っていく。もっと、と口を開いて求める彼女の口腔へ舌を進めて絡ませれば、彼女の身体から鈴蘭の花の香りがたちのぼる。
噎せ返るような媚薬の匂いが、資を酔わせていく。
ボロボロになってしまった花嫁衣裳をやさしく脱がせれば、一糸まとわぬ姿になった愛する女性がうっとりした表情で彼を見つめる。
その瞬間、資の右目からつぅっと、一筋の涙が零れ落ちる。
「資さま……?」
「姫……俺は壊してしまうところだった。貴女が俺を見てくれない、そんな幼稚な嫉妬の念で。悪しきモノに憑かれるなど、いままでなかったというのに」
暑さにやられて意識を失った音寧を歌劇場へ連れて行った資は、控室にあった公演後の花嫁衣裳を買い取り、彼女へ着せた。汗で濡れた服と下着を脱がせ、純白のウエディングドレスに着替えさせた彼女の姿は、誰にも見せたくない宝物になった。控室には歌劇で用いられた拳銃や手錠などの小道具もあり、資は床に転がっていた鎖を彼女につけて、目覚めた彼女が逃げ出さないように、柱に縛りつけた。ふだんの自分ならけしてしないそれらの行為を当たり前のようにしてしまったのは、言葉通り、魔が差してしまったから、としか言えない。
資に襲われて怖かっただろうに、彼女は凛とした表情で祝詞を唱え、自分に入り込んでいた小鬼を引き離してくれた。そのうえ。
「わたしの旦那さまと、姫に言われて目が覚めたよ……もう、貴女を疑いたくない。やはり貴女は、俺の妻になる運命の女性なんだな」
そう言いながら、はらりと左目の眼帯を外す。
一筋の傷がうっすらと残ってはいるものの、時間が経てば癒えるであろう資の怪我。
過去に翔んだ音寧がずっと、気にしていた彼の双眸が、そこにあった。
榛色のふたつの瞳を向けられて、音寧の胸の鼓動が騒ぎ出す。
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