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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》

隠された令嬢と狙われた恋心 01

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 浅草凌雲閣の十二階にある展望台から降りた音寧と資は、通りへ出てからもお互い黙り込んだままでいた。
 必要以上に強いちからで手をつながれて、思わず音寧は悲鳴をあげる。

「痛い、です……資、さまっ」
「……あ、ああ」

 ふたりの状態が気まずくなったのは、展望台で真夜子と会話をしてからだ。
 それまでは帝都をでえとだ、とお互い楽しそうにしていたのに。楽しかったのは自分だけだったのだろうか。
 悲しい気分になった音寧は、陰鬱そうに何かを考え込んでいる資の様子をうかがいながら、おそるおそる声をかける。

「資さま。なんだか心がここにあらず、って感じがします」
「そう、か?」
「やっぱり真夜子さまのことが、気になるのでは」
「いや……そういうわけでは」

 音寧が真夜子の名を無感動にあげたところで、彼の反応は淡白なままだ。てっきり余計なことを言うなと怒られると思っていた音寧は、そんな彼の態度が腑に落ちない。
 ふたりは公園の池の見えるベンチに腰を下ろし、視線を絡めることなく、手をつないだ状態のまま、きらきら煌めく池の水面に顔を映しだす。
 やがて沈黙に耐え切れなくなった資が、水面に映る音寧の顔に向けて、はなしはじめる。

「気にしているのは、貴女の方だろう?」
「な」
「たしかに俺は綾音嬢をはじめ、軍務で多くの異能持ちの令嬢と関りを持っていた。真夜子嬢もそのうちのひとりにすぎない。彼女は――第参陸軍特殊呪術部隊将校である山縣靖一やまがたやすいちの一人娘で、魔を誘引するちからを持っている」
「魔を、誘引する?」
「ああ。彼女は悪しきモノを引き寄せる性質を生まれながらに持っていて、それゆえ周囲から隠されて育てられていた」

 時刻はすでに三時を過ぎ、夕方を迎えようとしていた。それでもいまの時期は太陽がでている時間が長いから、西陽は眩しく、直射日光に当たると暑いくらいである。音寧たちが座っているベンチは背の高い木々の下に位置しているため、木陰ですこしは涼しいが、それでも資と手をつないだ状態でじっとしているとじわりと汗がにじみ出てくる。
 じぃじぃじぃ、と蝉がけたたましく鳴く下で、資は音寧に説明していく。

「綾音嬢のように“時を味方につける”異能と違い、彼女の異能は忌み嫌われたものだ。ふたりの相性はけして良いとは言えない」
「……そうだったのですか」

 軍の魔物討伐に囮としてつかわれる隠された令嬢と、魔物と対抗しうる破魔のちからを称賛される時宮の令嬢。対照的なふたりの存在に、音寧はほう、と息を吐く。

「将校の娘ゆえ、そのちからを操作することはできているが、恨みを買われたら彼女に魔を呼び寄せられてしまう。彼女を知る人間は隠されたのを良いことに、必要以上の関係を持とうとはしなかった……綾音嬢を除いて」
「へ」
「まぁ、綾音嬢は破魔のちからを持っているから真夜子嬢に戯れに魔物をけしかけられても簡単に退治してしまうから、怖いもの知らずなんだよな……」

 どこか呆れた表情の資に、強張っていた音寧の顔つきもほぐれていく。
 魔を誘引するという異能を持つ彼女と、それを打ち破る綾音。
 二人一組で魔物討伐の場に向かうこともしょっちゅうで、喧嘩をしながらも華やかに活躍を見せていたという。友敵ライバルとも呼べるふたりの関係によって、軍は多くの魔物を屠ってきたのだろう。
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