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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
ふたりきりの歓楽街 02
しおりを挟む「そう、それはこの国にもともと存在している悪しきモノと、外つ国から渡ってきた魔のモノのことだ。鬼と一概に言っても善き鬼もいるし、ふつうの人間が視て判別するのは難しいがな」
「わたしも、実際に見たことはないです。ただ、悪しきモノのなかには実体を持つものとそうでないものがいるって」
「綾音嬢が教えてくれたのかな。そうだ、彼女は主に実体を持つ魔物を破魔のちからで討伐している。いま、帝都を騒がせている魔物は、旧来の悪しきモノではない。海を渡って侵入ってきたモノだ」
「海を渡って……?」
時宮の邸で暮らしていたときに耳にした魔というものは、この国に旧くから存在している善悪の良し悪しのつかない迷える魂や鬼と呼ばれる神にちかしい存在が一般的だった。以前から実体を持つモノは神格化されたり封じられたりしたが、人間の邪な感情から生まれ、そこに取り憑き悪さをす闇に潜む小鬼そのものは滅せられないため、実体化しない限りは野放し状態なのが実情である。
けれども江戸末期から外来人の行き来が活発化したことで新たな脅威が生まれたという。それが、人間を唆す悪魔という第三者的存在だ。
「本体はこの結界内部に入れないが、契約を結んだ人間がいないとは限らない。たぶん、綾音嬢はそれを警戒しているのだろう」
「はあ」
「軍では奴のことを“赤き龍”と呼んでいる。鋭い牙を持つ西洋の魔の獣で、被害者はその牙で……って、このような場ではなすことでもないな」
怖がらせてしまってすまない、と無表情になってしまった音寧を見つめて資は言葉を濁らせる。いいえ、と音寧は左右に首を振って、彼が口にしていた言葉を心のなかで反芻させる。
――あやねえさまは、異国から来た“赤き龍”を破魔のちからで倒そうとしている。わたしに何も告げずに。
鋭い牙を持つ魔の獣、赤き龍は乙女を喰らう。帝都で起こっている猟奇殺人の元凶とされる魔物は人間を唆し契約を結び姑息な手段で標的を定め、なぶり殺すのだ。
だというのに常人は見ることが叶わないという不気味な存在ゆえに、軍が必死になって追いかけている。魔獣が暗躍するのは日が暮れてからだから夜にならないと討伐できない……そのような事情もあって綾音は音寧に詳しく語ることもせず、ただ淡々と自分の決意を述べるに留めたのだろう。音寧をこれ以上心配させないように。異能を持つ器がありながら今は無力な妹を巻き込まないように。
――わたしに破魔のちからを渡す前に決着をつけるって言っていたけれど。そう簡単にいくものなの?
異能を持つ人間や、資がつい先日まで所属していた第参陸軍の特殊な訓練を積んだ一部の人間しか目視することができない魔のもの。魔の気配に敏い資のことだから、目のことがなければ最前線で……
――もしかして、資さまが軍を退役されたのは。
「まさかその目は、“赤き龍”に……?」
「姫は賢いな」
焦りを見せる音寧を落ち着かせるように、資はこくりと頷く。今日も左目の黒い眼帯は彼の顔にくっついたままだ。
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