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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
双子の姉の二度目の企み 02
しおりを挟むすこしだけ歴史を改変できるという、時宮の娘が持つ“時を翔る”ちからで双子の姉によって未来から召喚された音寧は、ふと考える。
その“すこし”の改変はどこまで許されるのだろう。資と姫の初恋を成就させ、震災までに破魔のちからを綾音から返してもらうことで、今度は音寧が、時を味方につけて綾音たちを救うことはできないだろうか……?
難しい顔をしている音寧を見て、綾音は何か感じるところがあったのだろう「その話はいまはいいでしょ」と話題を反らす。昔からそうだ。こういうとき、双子だからなのか、言おうとしていることも顔だけで綾音に容易く判断されてしまう。ここで彼女の機嫌を損ねるのは本意ではないと、音寧は考えることをひとまず諦め、綾音にもうひとつの疑問を提示する。
「ねぇ。だとしたら、あのときなぜ資さまは魔の気配がするとおっしゃったの……?」
「その場にあたしはいなかったんだからわからないわよ。ただ、可能性としてはふたつあるわ」
「ふたつ?」
寝台から身を起こしたまま話をきいていた音寧は、同じく寝台の上に腰掛けていた綾音の言葉に首を傾げる。大人びた濃紺の夜着を肌の上に纏っている音寧と茄子紺の紗の着物を着ている綾音は同じ顔で向き合って、はなしをつづける。
「ひとつは媚薬を持ってきた人間に魔物が憑いているって説。だけど傑や征比呂に魔物が取り憑いていたらさすがに資くんが気づくだろうから……たぶんもうひとつの、媚薬そのものが魔を呼び寄せていたって説の方が有力なんじゃないかしら?」
「魔物が人間に取り憑くってはなしは資さまから聞きましたけど……媚薬が魔を呼び寄せる?」
「資くんが誤解したのは、征比呂が持ってきた媚薬のどれかに魔の気配を感じたから、って考えるのが自然だと思うわ」
征比呂が音寧と資に渡したのは、薬酒と軟膏の二種類だ。もうひとつ、黄色い粉薬も紹介されたけど……音寧たちには必要ないと自分たちに見せるだけで仕舞ってしまった。まるでこの薬だけ特別だと言いたそうに……
そのことを綾音に話せば、「そんなことだと思ったわ」とつまらなそうに鼻を鳴らす。
「黄桜屋が扱う薬のなかには海外から渡ってきた“魔薬”という特殊なものがあるの。違法薬物ってわけじゃないけど、一部の人間が金を積んで高騰していて、なかなか手に入れられないのが実情みたい。至上の快楽を得られる不感症の薬なんですって……ただ、その一方で怪しい噂もあって。副作用なのか魔に取り込まれて悪夢を見るひとたちもいるとかで、国のお偉いさんや軍はあんましいい顔してないのよ」
「“魔薬”ですか」
「そうよ。資くんも知っているはずなんだけど……まぁ、媚薬が起因の事象は専門外だから、魔の気配を感じてまっさきにおとねの内部にいると思い込んでいる淫魔が動いたと判断したんじゃない?」
資の早とちりで二度目の禊を受けてしまった音寧は、なんだ、と淋しそうに微笑う。
黄色い“魔薬”が危険なものだったことにも驚いたが、この部屋に置かれている薬酒と軟膏も、使い方を間違えれば本物の淫魔を招きかねないと綾音に言われ、ぞくりと身体を震わせる。
「あのね、魔を呼び寄せるモノなんて世の中にはたくさんあるの。特に娯楽がたくさんある帝都は……って、おとねはこの迎賓館から外に出るのが厳しいんだった」
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