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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
初恋の自覚と口づけの練習 04
しおりを挟む彼は最終的に音寧の身も心も自分のものにすると言ったが、想像以上に初心だった。禊のときのあれは任務だったから勢いで行えただけで、ほんとうは緊張しているのだとはじめての接吻をした際に言われて唖然としたものだ。
「夏の間にわたしを満足させられる男になれ」と発破をかけたのは音寧だが、まさか「有弦から貴女を寝取る」という発言をして契約を迫った彼が「やっぱりまずは口づけから」と撤回してきたのはどうかと思う。それも音寧の腹の音で我に却ってから口にするなんて……と思い出してふたたび憂鬱そうな表情を見せる妹を前に綾音はくすくす笑う。
「まだ二月もあるじゃない。慌てなくても大丈夫よ」
「そう、ですか?」
裸になって迫っても抱いてくれなかったことを思い出し、心も自分のものにするまでは抱かないと暗に言われてしまった音寧は不安そうに瞳を揺らすが、綾音は心配しないでと優しく告げる。
「資くんにとって、姫は初めての恋なのよ。あたしと傑を見て、反面教師にしちゃったのかもね」
「?」
「ううん。初心で堅物で攻略するのは大変だろうけど、その分、手に入れられるものも大きいと思うわ。淫魔に魅入られている姫を救うために努力してくれるはずよ」
「努力?」
「ふふっ。それでも心配なら、日本橋本町にいらっしゃい。あそこは薬種問屋も軒を連ねているから、そういった類のお薬もいろいろあるのよ?」
「――薬」
結婚初夜に飲まされた薬酒を思い出して、音寧は目を見開く。有弦さまがはじめてのわたしのために用意してくれた、気持ちよくなれるお酒。あれは媚薬の一種だったのか、と嘆息し、綾音の言葉に首を振る。
「気持ちはありがたいけど、わたしが岩波山に行くのは危険ですよね」
「資くんと一緒に来れば大丈夫でしょ。傑だって遊びに来てほしそうにしていたもの」
たしかに傑は岩波山にも遊びにおいでと言ってくれたが、父親との確執がある資を連れて、綾音と同じ顔した音寧が四代目有弦のいる本店に行くのはどうなのだろう。姫が父親と肉体関係を持っていると勘違いしている資のことを考えると、難しいのではないかと音寧は苦笑する。
「じゃあ、あたしと音寧が入れ替わればいいんじゃない?」
「え」
それがいいわ、とイタズラを思いついた子どものように微笑む綾音を前に、音寧は何も言えなくなる。
「資くんに露見しないように、ちゃんと計画を立てないといけないし、こっちも結納の準備で忙しいから、決行は葉月に入る前の方がいいかしら……」
「あの、あやねえさま?」
「心配しないで。あたしに任せといて! 音寧は資くんにどうすれば気持ちよくなれるのかそれまでにしっかり教えてあげなさい。身体を繋げることができなくてもその前段階まで到達できれば、そこから先は薬でもなんでも盛って既成事実つくっちゃえばいいの……ね?」
「あやねえさま、顔が笑ってないですよ」
「ふふふ。そんなことないわよ?」
あたまのなかで一方的に計画を練りだす双子の姉を見つめながら、音寧は大丈夫かな、と一抹の不安に苛まれるのであった。
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