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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
未熟で甘やかな契約 04
しおりを挟む傷ついた獣のような瞳を前に、音寧は何も言えなくなる。
――有弦さまは自分の父親がわたしの想い人だと誤解している?
たしかにトキワタリの鏡の前で自慰をした際に夫に向けて「有弦さま」と求めた記憶がある。あのときの呼び声を資は耳にしていて、それで音寧と四代目有弦が肉体関係にあると勘違いした……?
「違うんです!」
「そこまでして親父を庇うのはなぜだ。淫魔に魅入られたのは、あの男の呪いにふれたからだろう?」
「そ、それは」
音寧が岩波山の呪いにふれたのは事実だが、その相手はいまの有弦ではない、未来の有弦である。
けれどもそれは、目の前の彼に知らせてはいけないことだ。この世界で未来の有弦と口走ったら、次の代の有弦を襲名する予定になっている傑を示してしまうから。
ふぃ、と顔をそむければ資がチッと舌打ちをする。資もまた、自分が護衛対象の彼女を寝台に押し倒した現実に我に却ったのか、慌てて身体を離す。
え、と驚く音寧に、資がつまらなそうに言葉を放つ。
「こんなことをしておいて今更だが……俺は貴女を傷つけたくない。俺の怒りを貴女の身体で鎮めるなどもってのほか。慰めたい気持ちは本当だが、いまの俺は未熟だから……」
「資さま」
「姫。投げやりな態度で俺を試すのはやめてください。危うく襲うところだった……」
ふう、とため息をつきながら資が敷布を音寧の裸体へ巻きつける。抱いてほしいという願いを受け入れるつもりはないのだろう。窘めるように音寧の胸にふれただけで、口づけも何もしてくれない。
わかっていた。資は姫のひと夏の護衛として音寧の傍にいるだけ。淫魔の気配がしない彼女に「抱いて」と求められたとしてもそれは任務の範囲外。おまけに自分の父親と関係を持っていると誤解されてしまった。彼が憤った理由はきっとそこにあるのだろう。
「……ごめんなさい」
しょんぼりした音寧を見て、俺もすまなかったと資が悲しそうに言葉をこぼす。彼女を救いたい想いと、父親に対する嫉妬と、誰にも渡したくない独占欲と、それでもふれたいという欲望に蓋をして、資はせいいっぱいの譲歩をする。
「それでは、契約をしようか」
「え」
「ひと夏の間。俺が、貴女を満足させられる男になって姫を慰める。淫魔から貴女をまもれるように……その代わり、姫は俺にどうすればいいか教えてほしい」
「……どうすれば」
「そう。どうすれば気持ちよくなれるのか、どうすれば貴女が想い人ではなく、俺のことを想ってくれるのか」
――どうすれば、自分だけの姫になっていただけるのか。
「あの、それって……」
どうすれば気持ちよくなれるのか、というのは理解できる。が、そのあとに資がつづけた言葉が意外で、音寧を驚かせる。
「俺はどうやら、貴女に恋したみたいだ」
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