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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》

未熟で甘やかな契約 02

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 異能を解放する、と言いながら己の手で帯をほどき、着物を脱ぎ捨てる音寧の姿を前に資はカッと頬を赤らめていた。

「姫、なにを……」
「わたしを、慰めてくださるのでしょう?」

 妖艶な微笑みを向けられ、資は黙り込む。
 それを肯定と受け取ったのか、音寧は肌着も自分の手で床に落とし、真っ白な裸体を資の前へさらけだす。
 いまここに、トキワタリの鏡はないから、淫の気配を資は感じていないはずだ。それなのに自ら着物を脱ぐ彼女を見て、彼は何を思うのだろう。

「……食事は」
「そういえば、まだでしたね。だけどここに、美味しそうな初物がありますよね?」

 まだ、誰とも結ばれたことのない過去の夫の若い肉体を前に、音寧は興奮していた。そういえば自分から夫を誘ったことなど結婚してから一度もなかった。まさかこんな形で彼を誘惑するようになるなんて。
 あの濃紺の軍服を自分の手で脱がせて、お互いの気持ちよくなれる場所を教えてあげたい。どうすれば未来の妻を導けるか、何も知らない彼を、今度は音寧が自分の色に染めさせて、彼の精液を搾り取るのだ。

 魔法の媒介になる精液でこの身体を満たして、綾音が預かっている破魔のちからを自分のもとへ還せるように。

 ――そのためなら、彼に女の悦びを教える淫らでいけない姫君にだって、なれるはず。

「資さま。未熟だというのなら、どうかこのひと夏のあいだに、わたしを満足させられる男になってください」

 音寧のなかにいもしない淫魔を滅するため、彼は任務として姫を抱く。
 たとえ彼が姫に恋愛感情を抱くことはなくても、互いの身体で慰め合うことで、五代目岩波山有弦を襲名することになった際に覚醒したとされる呪いと恐れられる計り知れない性欲を克服するための礎にはなるはずだから。
 きっと、結婚して紆余曲折ありつつも音寧を自分の色に染め上げた有弦の姿は、過去に姫を満足させられるだけの性技を会得したという経験に基づくものだったのだろう。
 それならば、自分が彼に伝えなくてはいけない。音寧はそう決意して、資を見据える。

「……姫」
「わたしに想い人がいるのは事実です。けれどもそれは、いまの話ではありません」
「――そうなのか?」
「だから、いいのです」

 綾音から破魔のちからを返してもらうことで、有弦との間に岩波山の後継者を為すことがそもそもの目的である。特殊な任務についていた軍を退役したばかりの彼の身に深入りしたところで、自分は何もできないのだ。
 それならば、身体だけの契約を結んで、ひと夏のあいだ爛れた関係に溺れてしまえ。そして何食わぬ顔で精液を溜め込んで元の世界に戻ればいい……どうせ震災でこのことを知る人間は死んで、資も姫の存在など音寧と再会するまで忘れてしまうはずだから。
 心のなかの甘言を受け入れるべく、音寧は唇をひらこうとした。
 けれども、それは資の指に遮られて、言葉にならなかった。

「うそつきな唇だな……」
「!?」

 音寧の柔らかな唇を諭すかのように資の指がちょこんと乗せられている。
 どうして彼は嘘だと言い切るのだろう。さきほどまで自分は未熟な童貞だと仔犬みたいな表情で途方に暮れていた姿からは想像できない、凛とした男の姿がそこにある。
 混乱する音寧を眇めていた資は、そのまま指先を下ろし、小声で囁く。
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