79 / 191
第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
未熟で甘やかな契約 02
しおりを挟む
* * *
異能を解放する、と言いながら己の手で帯をほどき、着物を脱ぎ捨てる音寧の姿を前に資はカッと頬を赤らめていた。
「姫、なにを……」
「わたしを、慰めてくださるのでしょう?」
妖艶な微笑みを向けられ、資は黙り込む。
それを肯定と受け取ったのか、音寧は肌着も自分の手で床に落とし、真っ白な裸体を資の前へさらけだす。
いまここに、トキワタリの鏡はないから、淫の気配を資は感じていないはずだ。それなのに自ら着物を脱ぐ彼女を見て、彼は何を思うのだろう。
「……食事は」
「そういえば、まだでしたね。だけどここに、美味しそうな初物がありますよね?」
まだ、誰とも結ばれたことのない過去の夫の若い肉体を前に、音寧は興奮していた。そういえば自分から夫を誘ったことなど結婚してから一度もなかった。まさかこんな形で彼を誘惑するようになるなんて。
あの濃紺の軍服を自分の手で脱がせて、お互いの気持ちよくなれる場所を教えてあげたい。どうすれば未来の妻を導けるか、何も知らない彼を、今度は音寧が自分の色に染めさせて、彼の精液を搾り取るのだ。
魔法の媒介になる精液でこの身体を満たして、綾音が預かっている破魔のちからを自分のもとへ還せるように。
――そのためなら、彼に女の悦びを教える淫らでいけない姫君にだって、なれるはず。
「資さま。未熟だというのなら、どうかこのひと夏のあいだに、わたしを満足させられる男になってください」
音寧のなかにいもしない淫魔を滅するため、彼は任務として姫を抱く。
たとえ彼が姫に恋愛感情を抱くことはなくても、互いの身体で慰め合うことで、五代目岩波山有弦を襲名することになった際に覚醒したとされる呪いと恐れられる計り知れない性欲を克服するための礎にはなるはずだから。
きっと、結婚して紆余曲折ありつつも音寧を自分の色に染め上げた有弦の姿は、過去に姫を満足させられるだけの性技を会得したという経験に基づくものだったのだろう。
それならば、自分が彼に伝えなくてはいけない。音寧はそう決意して、資を見据える。
「……姫」
「わたしに想い人がいるのは事実です。けれどもそれは、いまの話ではありません」
「――そうなのか?」
「だから、いいのです」
綾音から破魔のちからを返してもらうことで、有弦との間に岩波山の後継者を為すことがそもそもの目的である。特殊な任務についていた軍を退役したばかりの彼の身に深入りしたところで、自分は何もできないのだ。
それならば、身体だけの契約を結んで、ひと夏のあいだ爛れた関係に溺れてしまえ。そして何食わぬ顔で精液を溜め込んで元の世界に戻ればいい……どうせ震災でこのことを知る人間は死んで、資も姫の存在など音寧と再会するまで忘れてしまうはずだから。
心のなかの甘言を受け入れるべく、音寧は唇をひらこうとした。
けれども、それは資の指に遮られて、言葉にならなかった。
「うそつきな唇だな……」
「!?」
音寧の柔らかな唇を諭すかのように資の指がちょこんと乗せられている。
どうして彼は嘘だと言い切るのだろう。さきほどまで自分は未熟な童貞だと仔犬みたいな表情で途方に暮れていた姿からは想像できない、凛とした男の姿がそこにある。
混乱する音寧を眇めていた資は、そのまま指先を下ろし、小声で囁く。
異能を解放する、と言いながら己の手で帯をほどき、着物を脱ぎ捨てる音寧の姿を前に資はカッと頬を赤らめていた。
「姫、なにを……」
「わたしを、慰めてくださるのでしょう?」
妖艶な微笑みを向けられ、資は黙り込む。
それを肯定と受け取ったのか、音寧は肌着も自分の手で床に落とし、真っ白な裸体を資の前へさらけだす。
いまここに、トキワタリの鏡はないから、淫の気配を資は感じていないはずだ。それなのに自ら着物を脱ぐ彼女を見て、彼は何を思うのだろう。
「……食事は」
「そういえば、まだでしたね。だけどここに、美味しそうな初物がありますよね?」
まだ、誰とも結ばれたことのない過去の夫の若い肉体を前に、音寧は興奮していた。そういえば自分から夫を誘ったことなど結婚してから一度もなかった。まさかこんな形で彼を誘惑するようになるなんて。
あの濃紺の軍服を自分の手で脱がせて、お互いの気持ちよくなれる場所を教えてあげたい。どうすれば未来の妻を導けるか、何も知らない彼を、今度は音寧が自分の色に染めさせて、彼の精液を搾り取るのだ。
魔法の媒介になる精液でこの身体を満たして、綾音が預かっている破魔のちからを自分のもとへ還せるように。
――そのためなら、彼に女の悦びを教える淫らでいけない姫君にだって、なれるはず。
「資さま。未熟だというのなら、どうかこのひと夏のあいだに、わたしを満足させられる男になってください」
音寧のなかにいもしない淫魔を滅するため、彼は任務として姫を抱く。
たとえ彼が姫に恋愛感情を抱くことはなくても、互いの身体で慰め合うことで、五代目岩波山有弦を襲名することになった際に覚醒したとされる呪いと恐れられる計り知れない性欲を克服するための礎にはなるはずだから。
きっと、結婚して紆余曲折ありつつも音寧を自分の色に染め上げた有弦の姿は、過去に姫を満足させられるだけの性技を会得したという経験に基づくものだったのだろう。
それならば、自分が彼に伝えなくてはいけない。音寧はそう決意して、資を見据える。
「……姫」
「わたしに想い人がいるのは事実です。けれどもそれは、いまの話ではありません」
「――そうなのか?」
「だから、いいのです」
綾音から破魔のちからを返してもらうことで、有弦との間に岩波山の後継者を為すことがそもそもの目的である。特殊な任務についていた軍を退役したばかりの彼の身に深入りしたところで、自分は何もできないのだ。
それならば、身体だけの契約を結んで、ひと夏のあいだ爛れた関係に溺れてしまえ。そして何食わぬ顔で精液を溜め込んで元の世界に戻ればいい……どうせ震災でこのことを知る人間は死んで、資も姫の存在など音寧と再会するまで忘れてしまうはずだから。
心のなかの甘言を受け入れるべく、音寧は唇をひらこうとした。
けれども、それは資の指に遮られて、言葉にならなかった。
「うそつきな唇だな……」
「!?」
音寧の柔らかな唇を諭すかのように資の指がちょこんと乗せられている。
どうして彼は嘘だと言い切るのだろう。さきほどまで自分は未熟な童貞だと仔犬みたいな表情で途方に暮れていた姿からは想像できない、凛とした男の姿がそこにある。
混乱する音寧を眇めていた資は、そのまま指先を下ろし、小声で囁く。
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
子どもを授かったので、幼馴染から逃げ出すことにしました
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※ムーンライト様にて、日間総合1位、週間総合1位、月間総合2位をいただいた完結作品になります。
※現在、ムーンライト様では後日談先行投稿、アルファポリス様では各章終了後のsideウィリアム★を先行投稿。
※最終第37話は、ムーンライト版の最終話とウィリアムとイザベラの選んだ将来が異なります。
伯爵家の嫡男ウィリアムに拾われ、屋敷で使用人として働くイザベラ。互いに惹かれ合う二人だが、ウィリアムに侯爵令嬢アイリーンとの縁談話が上がる。
すれ違ったウィリアムとイザベラ。彼は彼女を無理に手籠めにしてしまう。たった一夜の過ちだったが、ウィリアムの子を妊娠してしまったイザベラ。ちょうどその頃、ウィリアムとアイリーン嬢の婚約が成立してしまう。
我が子を産み育てる決意を固めたイザベラは、ウィリアムには妊娠したことを告げずに伯爵家を出ることにして――。
※R18に※
かつて私を愛した夫はもういない 偽装結婚のお飾り妻なので溺愛からは逃げ出したい
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※また後日、後日談を掲載予定。
一代で財を築き上げた青年実業家の青年レオパルト。彼は社交性に富み、女性たちの憧れの的だった。
上流階級の出身であるダイアナは、かつて、そんな彼から情熱的に求められ、身分差を乗り越えて結婚することになった。
幸せになると信じたはずの結婚だったが、新婚数日で、レオパルトの不実が発覚する。
どうして良いのか分からなくなったダイアナは、レオパルトを避けるようになり、家庭内別居のような状態が数年続いていた。
夫から求められず、苦痛な毎日を過ごしていたダイアナ。宗教にすがりたくなった彼女は、ある時、神父を呼び寄せたのだが、それを勘違いしたレオパルトが激高する。辛くなったダイアナは家を出ることにして――。
明るく社交的な夫を持った、大人しい妻。
どうして彼は二年間、妻を求めなかったのか――?
勘違いですれ違っていた夫婦の誤解が解けて仲直りをした後、苦難を乗り越え、再度愛し合うようになるまでの物語。
※本編全23話の完結済の作品。アルファポリス様では、読みやすいように1話を3〜4分割にして投稿中。
※ムーンライト様にて、11/10~12/1に本編連載していた完結作品になります。現在、ムーンライト様では本編の雰囲気とは違い明るい後日談を投稿中です。
※R18に※。作者の他作品よりも本編はおとなしめ。
※ムーンライト33作品目にして、初めて、日間総合1位、週間総合1位をとることができた作品になります。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
冷酷無比な国王陛下に愛されすぎっ! 絶倫すぎっ! ピンチかもしれませんっ!
仙崎ひとみ
恋愛
子爵家のひとり娘ソレイユは、三年前悪漢に襲われて以降、男性から劣情の目で見られないようにと、女らしいことを一切排除する生活を送ってきた。
18歳になったある日。デビュタントパーティに出るよう命じられる。
噂では、冷酷無悲な独裁王と称されるエルネスト国王が、結婚相手を探しているとか。
「はあ? 結婚相手? 冗談じゃない、お断り」
しかし両親に頼み込まれ、ソレイユはしぶしぶ出席する。
途中抜け出して城庭で休んでいると、酔った男に絡まれてしまった。
危機一髪のところを助けてくれたのが、何かと噂の国王エルネスト。
エルネストはソレイユを気に入り、なんとかベッドに引きずりこもうと企む。
そんなとき、三年前ソレイユを助けてくれた救世主に似た男性が現れる。
エルネストの弟、ジェレミーだ。
ジェレミーは思いやりがあり、とても優しくて、紳士の鏡みたいに高潔な男性。
心はジェレミーに引っ張られていくが、身体はエルネストが虎視眈々と狙っていて――――
【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?
夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」
「え、じゃあ結婚します!」
メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。
というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。
そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。
彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。
しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。
そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。
そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。
男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。
二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。
◆hotランキング 10位ありがとうございます……!
――
◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ
【R18】氷の悪女の契約結婚~愛さない宣言されましたが、すぐに出て行って差し上げますのでご安心下さい
吉川一巳
恋愛
老侯爵の愛人と噂され、『氷の悪女』と呼ばれるヒロインと結婚する羽目に陥ったヒーローが、「爵位と資産の為に結婚はするが、お前みたいな穢らわしい女に手は出さない。恋人がいて、その女を実質の妻として扱うからお前は出ていけ」と宣言して冷たくするが、色々あってヒロインの真実の姿に気付いてごめんなさいするお話。他のサイトにも投稿しております。R18描写ノーカット版です。
元男爵令嬢ですが、物凄く性欲があってエッチ好きな私は現在、最愛の夫によって毎日可愛がられています
一ノ瀬 彩音
恋愛
元々は男爵家のご令嬢であった私が、幼い頃に父親に連れられて訪れた屋敷で出会ったのは当時まだ8歳だった、
現在の彼であるヴァルディール・フォルティスだった。
当時の私は彼のことを歳の離れた幼馴染のように思っていたのだけれど、
彼が10歳になった時、正式に婚約を結ぶこととなり、
それ以来、ずっと一緒に育ってきた私達はいつしか惹かれ合うようになり、
数年後には誰もが羨むほど仲睦まじい関係となっていた。
そして、やがて大人になった私と彼は結婚することになったのだが、式を挙げた日の夜、
初夜を迎えることになった私は緊張しつつも愛する人と結ばれる喜びに浸っていた。
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
【R18】幼馴染な陛下と、甘々な毎日になりました💕
月極まろん
恋愛
幼なじみの陛下に、気持ちだけでも伝えたくて。いい思い出にしたくて告白したのに、執務室のソファに座らせられて、なぜかこんなえっちな日々になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる