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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》

露見する秘蜜 01

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 音寧の護衛についた資は昼夜問わず無言で彼女の傍に控えている。
 就寝時に部屋のなかに入ってくることはないのだが、常に扉の傍で仁王立ちしている彼を見ていると申し訳ない気持ちに陥ってしまう。
 双子の姉の綾音だったらきっとわがまま言って出逢った当日の夜から彼を部屋に招いて誘惑して、颯爽と目的を果たしているのではなかろうか……
 けれども自分から彼を誘惑して、過去の夫を襲うことなど恥ずかしくてできないと音寧は深く思い悩んでいた。

「……有弦さま」
『おとね? あれから何か動きでもあったのかい?』

 音寧が過去へ翔んで既に三日が経過している。この日は迎賓館に遊びに来た綾音と一日中衣装部屋のなかで着せ替え遊びに戯れてしまった。早く綾音の破魔のちからを返却できるよう精力を集めないといけないのに、こんなことしていいのかと心配そうにする音寧に、これも彼をその気にさせるための作戦だと説き伏せられて、結局姉の着せ替え人形になってしまった音寧である。
 綾音が来ている間も資は部屋の扉の前でじっとしていた。相変わらずつまらない男ね、と笑う綾音とつまらなくて結構ですと言い切る資のやりとりを見て、音寧は思わず「おふたりは仲がよろしいのですね」と棘を持った言い方をしてしまった。綾音に「もしかして嫉妬した?」と資の前で暴露されて「そんなわけないじゃないですか!」と逃げ出してしまったのだが、肯定と捉えられてしまったらしく彼女が帰ってから資に「俺なんかに嫉妬しないでくださいね」と扉の向こうから声をかけられてしまった。穴があったら入りたい心境である。

 ――けれどそんなこといちいち有弦さまに報告する必要もないですよね……どうしよう何をお話しましょう。

 手元のトキワタリの鏡に思わず声をかけてしまった音寧は、すぐさま未来で待つ愛するひとの声が返ってきたことに驚き、姿が見えないことに愕然とする。

『おや、可愛い妻の姿が見えないな……ひとりで自分を慰めていないのかい』
「そ、そのようなことできるわけないじゃないですか!」
『だけどこうして鏡に声をかけてくれたってことは、俺の顔を見たいんだろう?』
「う……」

 だが扉の向こうには資が護衛として寝ずの番をしている。自分がここで自慰をして、あられもない声をあげてしまったら……

『そっちではどのくらい時間が経ったんだい?』
「今日が、三日目の夜になります。昨日、資さまとお会いしました」
『そうか……おとね、いま貴女が着ている夜着を教えてくれるかい』

 唐突に問われて目をまるくする音寧だが、有弦に訊かれるがまま身にまとっている夜着の説明をする。
 綾音に着せ替え人形にさせられて、今夜はこれを着て寝るのよと言われたのだ。袖のない意匠が特徴的な、パウダーブルーと呼ばれる紫陽花の花色のような淡い色合いが重なり合うつるりとした布地のナイトドレスで、どことなく中華風の民族衣装を彷彿させる。いまは素肌の上に一枚だけの心もとない姿だが、露出度は有弦が西ヶ原の洋館で用意していたものよりも低く、夜着というよりもこのまま紗を羽織って舞踏会へ繰り出せそうな上品なもののように思える。

『――そうか、紫陽花の花のドレスなんだね』
「はい」
『見たいな』
「え、でも資さまが」
『資なら気づかないよ。鏡に見せつけるように、俺に気持ちいい顔を見せて?』
「……はい」
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