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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
未来の夫と過去の顔 01
しおりを挟む「男の、精液?」
「うん」
双子の姉の言葉を前に凍りつく音寧を見て、綾音は乾いた笑みをこぼす。
有弦は未来の妻にそこまで説明していなかったらしい。説明したところで、指を咥えて待っていなければいけない夫のことを考えれば、黙っていても仕方のないことなのかもしれない……たとえ過去の自分が彼女と関係を持つと知っていても。
「音寧の場合だと、資くんとこの世界でこれから身体を繋げるってことになるのかしらね」
「でもそれって婚前交渉になるんじゃないの?」
「別に禁忌ってわけでもないでしょ。もはや生娘でもあるまいし」
なんせ異能を使いこなすには自身が持つ“精力”を高める必要があるのだと綾音は真面目な表情で双子の妹へ伝える。そのちからを返すためにも同じように男の精をたっぷり受けた器を用意しなくてはならないのだ、と。
「時宮の異能は精力に比例すると言われているの。だからあたしも傑と婚約が決まってからはことあるごとに身体を重ねているわけなんだけど」
「さらりと爆弾発言しないでください」
「破魔のちからは暴発させると大変なのよ? その分、邪悪なものを浄化するちからも強力だから常に精力を高めておくことが大切なの」
「そういうものなんですか?」
「時宮の異能持ちは年頃になるとその手の修行を受けるんだけど、音寧はその頃にはもう静岡に行っていたから何も知らなかったのよね。言っておくけど、破魔のちからに限らないわよ。音寧が時を翔るちからでこちらに召喚された際にも同じような原理が働いているわ」
時を翔るちからを使って大正十二年の夏へ来た音寧の身体はいま、精力がほとんど奪われた状態だと綾音は苦笑する。時空干渉の魔法によって有弦が彼女に与えた精が魔力に変換されて使われたからだという。音寧に実感はわかないものの、双子の姉の言葉には妙に説得力があった。
「だから初恋をやり直す……?」
腑に落ちない表情の音寧だったが、有弦に抱かれた際にあれこれ言われたことを思い出し、ああ、と頷く。
「そういえば、有弦さま……ほかのひとに見られても感じてしまういけない女の子だっただろ、なんて……」
「っ……!?」
ぽつり、と頬を赤らめながら零す音寧の弱々しい発言に、綾音は息を呑む。たしかに他人に見られて興奮するという「ぷれい」は存在しているが、まさか目の前の清楚な妹がそのような状況に陥っていたとは……ってこれから陥るのだろうか、この流れでいくと。
音寧もその考えに至ったのか、どうしよう、と表情を青ざめている。いや、どうしようと言われても未来の夫がそう言っていたのだからそういうことをしたんでしょうね、と綾音は苦笑しつつ話題を変える。
「そんなわけで、用意ができたら出かけるわよ」
「え、どこに?」
「あなたを“姫”として匿ってくれる場所」
夜着を脱ぎ捨てて似たような色合いの着物を選んで、綾音は楽しそうに言い放つ。
いつしか遠くで、セミの声が響きはじめていた。
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