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第一部 新婚夜想 大正十三年神無月〜大正十四年如月《秋〜初春》
身代わり同士の苦悩 03
しおりを挟む「盗まれる……?」
「たしか『時を味方につける』でしたっけ。もともと傑が彼女を見初めるきっかけになったのもその不思議な出来事があったから、みたいだし」
懐かしむように瞳を伏せる多嘉子を前に、音寧は何とも言えない気持ちになる。『時を味方につける』ことができた破魔の綾音が、一体何をしたのか、同じ双子だというのにまったく想像がつかない。もし、これが自分だったらそもそも岩波の家から結婚の打診など来ることもなかっただろう。
傑が綾音を見初め、結婚を決めたという不思議な出来事があったから、音寧は不本意ながらもこの場にいるのだ。
はぁ、と乾いたため息をつきながら音寧は多嘉子に問いかける。
「それじゃあ、傑さまとあやねえさまは」
「相思相愛だったみたいよ。周りが羨むほど……それこそ資も彼女に憧れを持つほどに」
やっぱり。
ずっと心の奥で凝っていた想いの正体を悟り、音寧は静かに頷く。
有弦が音寧のことを「時宮の姫君」と呼ぶ都度感じていた胸の痛み。その正体は、双子の姉と比べてしまう醜い自分の嫉妬だ。
彼は音寧に綾音を重ねていたわけではない、けれど異母兄が彼女を愛したように大切にしたいと、そう思って自分に接してくれていたのだ。それが、音寧の双子の姉への罪悪感と嫉妬心を強くしていたことに気づかないまま。
多嘉子が教えてくれた真実を前に、音寧は嗤う。
「愛し合ったふたりが震災で亡くなるなんて、皮肉ですね」
そして遺されたふたりが、それぞれの身代わりとして、家のための結婚を強いられる。
有弦が「俺が死ねば良かったのに」と声に出してしまったのもわからなくはない。
現に音寧も、自分が死んで双子の姉が生き残っていればこんなことにはならなかったのにと、考えた夜があったのだから。
「気の毒だとは思うわ。傑も、資も。そして巻き込まれたあなたも」
「……」
それでも岩波の人間は岩波山を再建するため、罪の子だと四代目に蔑まれていた庶子の資が、五代目有弦を襲名し、その際に時宮の姫君だった生き残りの双子の妹、音寧を花嫁に迎えたのだ。岩波山の呪詛にも似た掟に挑むため、公家華族の血統に連なる音寧に岩波山の後継を孕ませるため。
そのうえで彼らは更に期待する。「時宮」の「時を味方につける」という破魔のちからに。
音寧はそのちからを持っていないけれど、それでも有弦は……身代わりの花婿は、双子の姉の身代わりの無能な花嫁を愛してくれるだろうか?
「それでも、今を生きているのは、あなたたちよ」
ふたりきりの四阿に、カランという物音が響く。
それは、首にぶら下げて肌身はなさず持ち歩いている姉の形見の鏡につけていた紐が切れて落ちた音。
けれど、多嘉子の話であたまのなかがいっぱいになっていた音寧は、鏡を庭に落としてきたことに気づかないまま、彼女が辞した後、邸へと戻ったのであった。
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