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第一部 新婚夜想 大正十三年神無月〜大正十四年如月《秋〜初春》
鏡の庭で識った罪 03
しおりを挟む「ああ……なるほど」
三代目有弦とその妻は四人の子を為し、長男が四代目有弦として日本橋本町の店を継いだ。というのは音寧も知っている。多嘉子は兄の四代目とふたまわりちかく年齢が離れていたから、三代目が隠居する際に西ヶ原の別邸へ一緒に連れて行かれたのだろう。きけば、四代目襲名以前に多嘉子のふたりの姉はとっくに嫁に出されており、三代目の庇護下にいたのは女学生だった多嘉子ひとりだったそう。
「お母様はお兄様の襲名を見届けた後、この邸で息を引き取ったわ。あの頃がいちばん、岩波山が栄えていたとも言えるかもしれないわね……」
しみじみと呟く多嘉子を前に、音寧は首を傾げる。三代目が岩波山の茶商としての地位を揺るぎないものとし、この洋館を建てた後、外需が落ち込み一時的に売り上げが減ったのは事実だが、多嘉子がそこまで暗い顔をしているのを見ると、他にも何らかの問題が生じていたのかもしれない。
「岩波山の嫁は、こぞって短命だって話は知ってらっしゃるかしら」
「呪い、みたいなものだと有弦さまはおっしゃってましたが」
「呪い……ね。息子たちからしたらそう見えても仕方がないかもしれないわね。なんせ四代目襲名の際に祝言を挙げられた朝子さまも、傑を生んですぐに亡くなられてしまったし、照葉も」
「すぐる……?」
それは、「俺が死ねば良かったのに」と有弦が弱々しく呟いた夜に耳にした名前だ。結局、彼にどういうことか問いただすこともできないまま、音寧は心の片隅で燻ぶらせていた。
だけど、五代目有弦である彼が、四代目有弦の息子のことを名前で呼ぶだろうか。
まるで、自分が四代目有弦の息子ではないみたい……
「もしかして……有弦から何も聞いていないの?」
音寧が首を傾げているのを見て、多嘉子は愕然とする。
祝言をあげて三ヶ月が経過しているというのに、彼はまだ、花嫁に自分が有弦となる以前の話を伝えていなかったのだ……たまたま話に出せなかっただけなのかもしれない、岩波山の嫁となった目の前の彼女もまた、死んだ双子の姉の代わりだと、三代目が口惜しそうに言っていたから。
けれど、何も知らない彼女をそのままにしておけないと、多嘉子は意を決して口をひらく。
「五代目有弦――襲名以前の戸籍は岩波資っていうんだけど……彼は、四代目有弦と住み込みの使用人だった照葉という女性の間に生まれた庶子よ」
岩波の血を引いてはいるけれど、もともと岩波山を任せるつもりのなかった罪の子、厄介者でしかなかったのだ、と。
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