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第一部 新婚夜想 大正十三年神無月〜大正十四年如月《秋〜初春》
嘆きの花嫁人形 03
しおりを挟むぴしゃりと言い放っても、目の前の老人は音寧のことを時宮の生き残りの姫君だから時宮と呼びつづけている。
綾音が死んだから、その代わりに花嫁にするのだと言いたげな三代目有弦との対話は、音寧の精神力をいたく削った。
すでに商いからは引退し、西ヶ原の洋館に隠居していた三代目岩波有弦だったが、震災後渋々表舞台へ返り咲き、五代目有弦へ引き継がせるため岩波山の再建に携わっている。その復興に必要な材料として音寧は「時宮の姫君」として五代目有弦に嫁入りし、その血を残す後継を生み育てるのだ、と。
「時宮の娘には時を味方にする不思議なちからがあるのだという。四代目を失った岩波山はいま、窮地に陥っている。結納まで済ませた時宮の姫君との婚儀をこのままつづけ、五代目有弦を支えてほしいのだ」
「有弦さまを……?」
「そうじゃ。わしもいつくたばるかわからんからな」
姉の代わりでしかない自分なんかが彼を支えられるのだろうか。逆に支えられてしまいそうな気がする。
けれど音寧の鈴の鳴るような声を耳にした三代目有弦はうむ、と満足そうに頷いて踵を返す。
「今宵、祝言を挙げる。日本橋本町の店舗で行うことは叶わぬが仕方ない、この邸で契りを結べ――そして有弦の子を身籠るまで、そなたはこの邸を出てはならぬぞ、わかっておるな」
どこか物騒な捨て台詞とともに姿を消す飄々としたご隠居を見送り、音寧は黙り込む。
震災によって引き裂かれた恋人たちに代わって、結婚し、その血を残すために子を作ることを強要される。子を孕むまで音寧はこの洋館から出てはいけないと、一方的に告げられてしまった。このことを五代目有弦も知っているのだろうか。もし、そうだとしたら。
やはり自分は姉の代わりの花嫁人形でしかないのだろう。
泣くに泣かれぬ花嫁人形は、嘆く姿を隠そうと表情を歪ませて、絶望の吐息をつく。
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