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第一部 新婚夜想 大正十三年神無月〜大正十四年如月《秋〜初春》
嘆きの花嫁人形 02
しおりを挟む時宮の家で母親に愛されて育てられていた頃だって、旧華族の双子令嬢とはいえ薔薇の花のように美しく天真爛漫に育てられた姉の綾音と比べれば価値のない妹で、周りの人間からは姉のおまけのように扱われていた。綾音はそんなこと気にしないで一緒に遊んでくれたし、綾音が悪いわけでもないけれど、それでも音寧が委縮してしまうのには充分で。結局綾音と自分が対等だとは思えないまま、音寧は彼女と生き別れてしまった。「また逢いましょう」というさよならの言葉が永遠のものになるとは知らずに。
音寧が帝都から姿を消してからも、綾音はあのまま成長したのだろう。彼女なら相応しい縁談を調えられて、華々しい婚儀を挙げたはずだ。現に、結納までは親族同士で済ませていたというのだから。大正十二年の夏に……
けれどその後に起きた震災によって歯車が狂ってしまった。順調に見えた縁談は綾音の死によって音寧のもとへと転がり込み、もはや逃げることは叶わぬと帝都へ連れてこられてしまった。そこまでして岩波家は時宮の血縁を欲しているのかと愕然とする。
あの震災で実質上、旧華族時宮家は一族郎党死に絶えて滅亡したと考えられている。土地は国に回収され、焼け跡から出てきた遺品の一部だけが遠戚や音寧のもとへ返された。もはや「時宮」の姓を名乗る人間はいない。だから岩波家との縁談は自然消滅するものだと思われていた。けれど岩波家はそれを許さなかった。まだ時宮の、隠された姫君が生きているだろうと音寧の居場所を問いただし、引きずり出した。
皮肉にも養女として桂木の家へ出された音寧が、時宮の唯一の生き残りとして、岩波家の希望となってしまったのだ。
やがて音寧を待たせた張本人が黒檀の杖を操りながらゆっくりと部屋を訪れ、彼女の前へ腰かける。真っ白な髪に黒のスーツがよく似合っている。五代目有弦の祖父にあたるというこの人物が、いまの岩波山の長で、かつての三代目有弦である。
「待たせた。時宮の」
「その名でわたしを呼ばないでください」
「だが、その身にはまぎれもなく時宮の血が流れておる。岩波山がいま欲しているのはそなたの血だ」
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