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第一部 新婚夜想 大正十三年神無月〜大正十四年如月《秋〜初春》

岩波山の五代目有弦 02

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   * * *


 日本国政府による帝都復興計画の大網が決定したのは震災からおよそ三ヶ月経った十月二十七日のことだった。その後予算の都合上計画策定は翌十三年二月まで長引き、以後は特別都市計画委員会関連会議を繰り返した後、内務省復興局へと引き継がれ、区画整理事業をはじめとした区域、運河、公園、市場等を順次再開発していくとの指針が出されていた。焼け野原と化してしまった日本橋区一帯も区画整理の対象となったため、岩波山本店は一時閉鎖され、比較的被害の少なかった千住元町の製造工場に翌年三月より仮店舗を置くことになった。本店の復興にはまだまだ時間がかかるだろうが、提携している全国各地の茶農家やそれを楽しみにしている顧客を思うと、いつまでも休店状態にはできないという三代目の判断だ。

 必然的に資も岩波山の経営を手伝う側にまわることになり、時折足の弱い三代目に代わり日本橋の区画整理や再開発計画に携わる国の関係者とやりあったり、埼玉の狭山にある直営の茶農園まで足を運んだりと忙しなく働いた。父親である四代目有弦と異母兄で五代目になるはずの傑の安否は年が明けてもわからないままだ。

 気がつけば震災から半年以上が経過していた。皇太子殿下が一月に婚儀を行ったり、いちはやく銀座が百貨店の営業を再開させるなどの吉報もちらほら入ってきてはいるものの、未だに帝都のあちこちに傷痕を残している死体置き場の炎は完全に消えていない。
 岩波山の仮店舗から見える空も、遺体を焼く際の煙のせいなのか、どことなく黒ずんでいる気がする。やがてこの弔いの炎と煙も消えるのだろうなと漠然と思いながら、資は日々を無為に過ごしていた。

 そんな折に、三代目有弦から資は命じられたのだ。老舗茶商として名を改め、然るべき嫁を娶ることを。
 これからはお前が有弦を襲名し、五代目として岩波山を引き継ぎ、時宮の姫君との縁を繋ぎ止めるのだ、と。

「四代目……お前の父親も傑も、もはや生きているとは思えぬ。儂もいつくたばるかわからない、ならばお前が五代目を襲名するしかない。傑と時宮の姫君との縁談もお前が引き継げば問題なかろう」
「ですが」

 夏の結納で顔を合わせた際、五代目有弦となる予定だった岩波傑の花嫁に決まった時宮綾音を資も見ている。ふたりはお似合いの恋人同士のように思えた。そこへ自分が傑の身代わりとして花婿におさまる? いくら非常時だからとはいえ、とんでもないと資は祖父を睨みつける。
 すると、祖父は困惑した表情で資に告げる。

「だがな、向こうの家も大変なことになっているみたいでなぁ。麹町の時宮邸も震災の影響で倒壊し燃えてしまって肝心の綾音嬢も亡くなってしまったとか」
「え。亡くなられたのですか?」
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