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第一部 新婚夜想 大正十三年神無月〜大正十四年如月《秋〜初春》
時宮の双子令嬢 03
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ときは大正十三年、秋。
相模湾を震源とした巨大地震が帝都を襲った大正十二年九月一日の悲劇からようやく一年が経ち、被災した多くの人間が復興に向けて本格的に動き出していた。
震災当時静岡で暮らしていた音寧も大きな揺れに見舞われたが、家具の散乱によってお気に入りの食器が割れた程度で、かすり傷ひとつしなかった。だが、震源地に近い横濱をはじめ、東京の一部は壊滅的被害を受けていたことを知った。なかでも震災直後に発生した薬種問屋からの火災によって日本橋一帯が焼け野原と化してしまったとか……
それゆえ、かつて自分が暮らしていた時宮の邸宅が倒壊、全焼し、生みの父と双子の姉が亡き者となってしまったことを養親から報されても、音寧は信じられずにいた。
「あやねえさま……」
双子の姉、時宮綾音は由緒ある公家華族の末裔として遺された正真正銘の姫君だった。
同じ日の同じ時刻に生まれた双子だが、綾音と音寧の父親は双子は不吉だと言って音寧の存在を無視しつづけていた。病弱な母は音寧を可愛がってくれたが、十歳のときに死んでしまった。
その後母が死んだのは漆黒の瞳を持つ綾音より色素が薄く不気味な青黒い虹彩を持つ音寧のせいだと父に糾弾され、使用人たちも音寧から距離をとるようになった。
かつては時宮の双子令嬢と呼ばれていた姉妹ははなればなれにされ、片割れは珠のように磨かれ、もう片方は食事すらろくに与えられず放置される事態が起こり、音寧は衰弱していった。
このままでは時宮の家に殺されてしまうと危惧したひとりの使用人が、親の介護で帝都を離れなくてはならないと邸を辞す際に、音寧を引き取りたいと申し出たことで、彼女は辛くも命拾いをする。
こうして音寧は静岡牧埜原で茶農園を営む桂木一族の分家の娘「とね」となった。だが、戸籍は音寧のままだ。
音寧を厭った父に隠れて最後まで自分と仲良くしてくれた双子の姉に、別れの際「時宮の姓を捨てるのは構わないけれどその名前だけは変えないで」と懇願されたから。
「……なのに、もう二度とお逢いすることが叶わないなんて」
生き別れになってもいつかまた再会するのだと誓いあったあの日から十年も経っていない。
桂木の人間とつきあいのあった時宮の遠戚が届けてくれた黒ずんだ鏡だけが、音寧の手元に残された。時宮邸の焼け跡から見つけ出されたという女物の手鏡は、在りし日の綾音が使っていたものなのだろう。形見だからと紐を通していまも肌身はなさず持ち歩いている。
齢十八で生命の華を散らした綾音は、令嬢から茶農家の娘になった十九の音寧を見て、どう思うだろう。
岩波有弦の風変わりな求婚は、二十歳になったら結婚について考えないといけないわね、と養親に言われた矢先のことだった――……
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