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Ⅷ 星降る夜明けに月日は踊る * 2 *
しおりを挟む謡子と昼顔に挟まれた形で由為はこの場所へ足を踏み入れた。市立公園からそう遠くない場所に位置する古いアパルトメントの三階にある一室。もっとおどろおどろしい場所だろうかと思っていた由為は、拍子抜けしたものの、素直に中へはいっていく。西洋風なのか、靴を脱ぐことは強要されなかった。
「主さまはきっと『星』のところよ」
玄関を抜け、洗い物が山積みにされている流し台のあるキッチンの前を通り過ぎ、謡子は最奥の扉に手をかける。ノックをすることなく、たてつけの悪い扉を一気に引っ張ると、そこは殺風景な白一面の部屋。片隅にはもぬけの殻となった寝台と。
「なんで壁に穴が空いてるの?」
場違いなおおきな穴が壁に穿たれている。謡子も昼顔も穴に気づき、首を傾げている。
そしてその穴の向こうから見知った声が響く。
「朝庭、こっちだ」
「先生?」
「いいからとっととこっちに来い!」
切羽詰まった優夜の声が穴の向こうから聞こえてくる。それと、湿っぽい雨風に唸るような男性の声と血の匂いが由為を焦らせる。鬼だ。この向こうに鬼がいる!
「ちょ、『夜』の斎、こちらに主さまがいらっしゃるまで勝手なことは」
「向こうにいるのよ! 『星』から鬼姫が出てきてるの! あたしが止めなきゃ誰が止められるのよ!」
由為は謡子と昼顔の制止を振り切り、勢いよく穴の中へ飛び込んでいく。
セーラー服のタイが勢いよく翻る。そういえばここは三階だった……!
眼下には駐車場。一台も停まっていないだだっぴろい駐車場に人影は四つ。
「Sipusu」
そのうちのひとりである優夜が由為に向けて呪文を唱える。ふわりと身体が浮き上がり、風と同化するように由為は駐車場へ着地する。
由為を迎えた優夜は相変わらずの仏頂面だが、ぬかるんだ地面に足をつける際にふらついた身体を優しく抱きとめてくれた。
「遅い」
「……いま到着したんです。それよりなんでここが?」
わかったのかと声を出す前に由為は納得する。『星』の使い魔の召喚術を利用したことに。
「説明はあとだ。俺たちが来るまで『星』の斎は自分の肉体を死守していたが、あの男に鬼姫の魂を覚醒させられてしまった。いまは使い魔が彼女に応戦しているがいつまでもつかはわからない」
「そんな」
『星』の斎は鬼姫に魂を食われてしまった?
血の匂いの在り処はせのんの使い魔である智路から漂ってきていた。主人の破壊衝動をひとりで止めようと必死になっているのがうかがえる。そんな中で、唯一緊張感を持ってない男が由為に気づき、鷹揚に声をかける。
「ようやく来たのか当代の『夜』の斎。だが、ひとりで来いと伝えたはずだが、なぜ使い魔と騎士の姿が先に見えたのかね?」
「それは『星』の斎の召喚術によるものよ。あたしは言われたとおりひとりでここまで来た。だから要求するわ、『星』の斎を返して」
「返してあげたいのはやまやまなんだけど、この状態だと、返せたとしても器の少女は死体になるんじゃないかな」
「そんなことさせねーよ!」
主人につけられた傷から血を流しながら、智路が吼える。せのんの瞳はいつもの蒼ではなく禍々しいばかりの紅となって自分の行動を妨げようとする智路を執拗に攻撃している。
「さぁ、どうするかい『夜』の斎。僕の手には三種の神器である宝珠があるんだ。斎神を降臨させ、その強大なちからを僕のものにしてくれるのなら、いますぐ『星』を解放してあげても構わないよ?」
たとえ万暁に従って斎神のちからを放棄したとしても、彼によって解放されたせのんがいまの状態では由為たちに止めることは不可能になる。万暁は斎神のちからを自分が手に入れ、そのちからでせのんを鬼姫ごと娶るに違いない。
それに、万暁が手にしているのはただの眼球だ。素直に従う義理などどこにもない。
――先生。
由為は取引を持ちかけられた万暁から視線を外し、無言で由為の判断を待つ優夜に目で訴える。優夜が頷くのを見て、由為は鋭い視線を万暁へ向ける。
「お断りよ」
「ならば力ずくで従わせるのみだ。謡子」
「はいはーい」
万暁に呼ばれると外階段から様子をうかがっていた謡子が昼顔を連れて降りてくる。
「この生意気な『夜』の斎を痛めつけろ。僕にちからを譲ると言わせるまで徹底的にな」
「そうはさせないよ」
「――景臣! とリハ」
上空から純白の翼をはためかせた理破と漆黒の翼を拡げた景臣が優雅に舞い降りてくる。
「そこの巫女さんにはしてやられたからね、オレがお相手してあげよう」
にこにこしながら景臣は謡子の前に立ち塞がり、さっそく仕返しの術を仕掛けはじめる。慌てて謡子は景臣に向き直り、万暁に逆らって『月』の影との戦いをはじめてしまう。
理破は呆れながらも景臣が万暁たちの視線を反らせてくれているあいだに由為のもとへ近づき、囁き声で叱咤する。
「ユイ、あんたは早く忠誠の儀をし!」
「言われなくても! ね、せんせ……」
むぐ。
「――っ?」
優夜の手が由為の口を塞いでいる。突然のことに驚いている由為を無視して優夜は理破に告げる。
「略式だが忠誠の儀をする。すまぬが顔を背けてくれ」
「ふえっ?」
優夜の言っていることが理解できない由為は素っ頓狂な声を発し、再び優夜に口を塞がれてしまう。理破は呆れた表情で「別に見たくもないわよ」と顔を背け、苦戦している智路のフォローへ向かう。
「と、いうわけで朝庭」
「……はい?」
「眼閉じて口開けろ」
言われて瞳を閉じて口を開いた途端、熱を発する黒真珠のようなものを押し込まれてしまう。そのままぎゅっと抱きしめられ、由為は身動きが取れなくなる。
「んっ?」
それは口腔を蹂躙し、由為の身体を溶かしていく。これは、宝珠? 違うような……
思わず瞳を開けて、由為はその違和感の正体を知る。
「!」
異物を飲み込んでしまった感覚は殆どなかった。けれど、別の感覚が由為を襲う。
――これが忠誠の儀?
優夜も瞳を閉じていた。そして由為が飲み込んだ宝珠をもどさないよう、自分の唇で由為の唇を塞いでいた。
時間の経過も、周囲の状況も麻痺してしまう。恥ずかしくて由為は再び瞳を閉じる。
……瞳を閉じると、そこには純白のドレスを着た少女がいた。樹菜が由為につけてくれた式神のような、まるで人形のようなちいさな少女だ。漆黒の瞳と長い髪の彼女は初めて見た『星』からでてきた十五歳の月架に似ていたが、あのときとは異なり、とても穏やかな表情をしている。もしかしたらこっちがホンモノなのかもしれない。由為の姿を認めるとぺこり、と優雅に一礼して由為の中に入って来る。月架の魂の一部もまた、宝珠なのだと悟り、由為はうん、と頷く。
――大丈夫、びっくりしたけどあたしはあなたを受け入れるよ。
すると、美しい容貌をした少女は嬉しそうに微笑んで、由為の身体の中で発光する。土地神によって生み出された森羅万象を司る宝珠は、新たな『夜』の斎となった由為を、斎神として認め、祝福を与えはじめる……
「っ!」
まばゆいひかりが周囲を包みこむ。由為と優夜を中心としたひかりの爆発が生まれ、周囲にいた人間たちもその眩しさに驚き一斉に動きを止めてしまう。
「……せ、せんせい?」
「これでよし、と」
周りの反応をもろともせずに優夜はふぅと溜め息をつく。無事に終わったようだ。
忠誠の儀は三種の神器のひとつである宝珠をつかう、とだけ話を聞いていた由為は、まさか口移しで飲み込まされるとは思いもしなかった。
「朝庭。どうした?」
けろりとした表情で優夜は由為の顔色をうかがう。ひとりで顔を赤くしていた由為は、優夜の唇を見て、あらためて赤面してしまう。
「あたしの初めてのキス――っ!」
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