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Ⅵ 昼夜の空に月星は揺らぐ * 11 *

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 昼休みの終了の鐘とともに、智路は自分の机に腰を下ろす。目の前には見慣れないみつあみの少女、たしか美生昼顔とか言った、山間部からの交換留学生の姿がある。
 とはいえ、この時期に期間限定で留学生が来るのは異例のことだ。彼女がこの学園に来たのを周囲の人間は当たり前のように受け入れているが、智路は違和感を拭いきれない。
 その疑惑の視線に気づいたのか、昼顔が困惑した表情を向ける。自分と同じ、灰色の瞳の、地味な少女。けれど。

「お前……コトワリヤブリか」

 身に纏う雰囲気が、微弱ながらも誰かに似ている。それは、椎斎の外からやってきたのに、ちからを落とすことのなかった『月』の傍流であり『星』の護衛であるクライネのような……魔を破るちからのように見えた。
 この学園にも『月』に縁ある人間は両手で数えるほど存在している。逆井という苗字の生徒の数はそれ以上だろう。とはいえ、強力なちからを持つ人間は限られているし、いまは逆井本家に斎がいるため他の人間は重要視されていない。きっと昼顔もたくさんある『月』の傍流のうちのひとりなのだろう。
 現に、昼顔は素直に頷く。

「そう呼ばれることも、あるみたい。しょせん、『月』の傍流よ」

 けれど、どこか冷めた表情の昼顔は『月』の斎のように智路を威嚇する。
 ……彼女は月なのに夜の空気と相容れない。
 きっと月架が生きていたら、彼女をそんな風に評するだろう。智路は無言で昼顔の言葉を待つ。

「あなたは、どこに属しているの」

 智路を見つめながら、昼顔は小声で問う。すでに、五時限目の授業は始まっていて、生物教師の宇賀神優夜がいつもの二割り増しの表情でつまらなそうに講義をしている。要するにとても機嫌が悪そうなのだ。

「素直に応えてくれるとは思わないけど」

 昼顔の声はなおも続く。
 智路は彼女の登場が何を意味するのかあたまのなかでシュミレーションする。まるで彼女は自分と敵対するようなことを口にしている。椎斎の外から現れた『月』の傍流。正直、『月』の人間は苦手だ。理破もクライネも智路との相性が合わない。たぶん、目の前にいる彼女とも、合うことはないのだろう。

「だって私」

 カツカツと黒板に叩きつけられるチョークの音が煩わしい。彼はいったい何を怒っているんだ。まるでやつあたりをしているみたいな教師の姿に、生徒たちは唖然としている。

「コトワリヤブリを壊しにきたんですもの」

 ガタン。しんと静まり返った教室に、椅子が転がる音がする。優夜が教壇の前の椅子に腰かけようとしてはずみで落ちたらしい。彼の表情が怖いため、誰も笑うに笑えない。
 智路はなおも無言で昼顔を見つめる。彼女の言葉が真実かを定めるために。
 カサリ。横の女生徒から、可愛らしいメモパッドに記されたたわいもない噂話が智路の手に渡ってくる。その内容を見て、智路は思わず握りつぶす。

 ……彼女に、情報を渡すのは危険だ。

 そう、あたまのなかで警鐘が鳴り響く。ふだんならたわいもない女子生徒の妄想だなと笑い飛ばしながら級友に流すであろう情報だ。
 けれど、それがコトワリヤブリに関係することとなると、話は別だ。

「……いまの、何?」

 智路を試していた昼顔は、彼の行動が理解できず、首を傾げる。

「俺の髪の毛がへんな方向に曲がってるだとよ。ったく、そりゃねーよな」

 浮き上がっていた前髪を直して笑いながら、智路は改めて昼顔を観察する。そして、その先にいる人物の態度も。

『宇賀神先生の機嫌が悪いのは、授業中に告白して教え子に嫌われたから!』

 ……何があったんだ、『夜』の騎士。
 それがきっと次代の『夜』の斎なのだろうと、智路は理解し、溜め息をつく。
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