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Ⅵ 昼夜の空に月星は揺らぐ * 5 *

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 自分は『夜』の斎、と呼ばれるコトワリヤブリのうちのひとりになったらしい。ということを理破に説明されて、由為は唖然とする。

「でも、知らないものは知らないよ」
「そのようね。『夜』の騎士から忠誠も受けてないようですし。うちの当主が偶然、あなたがちからを使ったところを目撃していたから次代の『夜』の斎として認められたのよ。まったく、滅多に姿を現さないくせにどこほっつき歩いてるんだかあのくそジジイ」

 由為に『夜』の一族が持つ三種の神器のうちのひとつである宝珠の行方を尋ねた理破だったが、由為が知らないと口にするとあっさりその話をやめてしまった。しかも『月』の権力者である当主のことをくそジジイ呼ばわりしながら愚痴っている。たぶん理破の祖父にあたる人物が逆斎の名を持つ逆井本家の当主、なのだろう。

「……リハ?」
「まぁいいわ。うちの事情はこの際おいておくわ。ユイ、あなたどこまで自分のルーツを知ってるの」
「自分が椎斎の外にでてった秘められた神の末裔らしいって景臣に言われたことくらい。現に自分の血で鬼は消えちゃったからそうなのかなーって思っているところ」
「まるっきり話にならないわ」
「そんなこと言ったってしょーがないじゃん、先生が何も教えてくれないんだもの! 妹の月架さんのことばかり教えてくれてこれから自分が何をすればいいかって指針すら示してくれない。景臣の方が腹黒いところはあるけど理にかなってるよ?」
「……アレが腹黒いのは認めるけど。じゃあ、月架のことは知ってるのね」

 理破の言葉にこくりと頷き、由為は覚えていたことを羅列するように述べていく。

「宇賀神月架。先代の『夜』の斎で、椎斎市の守護にあたっていた現人神。『夜』の騎士であたしのクラス担任でもある宇賀神優夜とは兄妹。二か月ほど前に何者かの手によって殺害されたが、滅んだのは精神体だけで、肉体は朽ちることなく鎮目医科学研究所に安置されている。殺された際に犯人に右目を抉られているけど、これは本人も承知の上で眼球を盗まれたらしい……って、やっぱり不思議だと思わない? なんで月架さんの右目は犯人に奪われたの?」
「あたしにきかないでよ」
「だけど生前の月架さんのことをあたしは知らないから想像できないんだよね。眠っているような死体を見た限りじゃなんとも言えないからなぁ。かなり特殊な性格をしていたみたいだけど……」

 いったい『夜』の騎士はこの少女に自分の妹をどのように説明したんだ。理破は滔々と語る由為の勢いに飲み込まれそうになりながらも自分が誰よりも慕っていた『夜』の斎神の姿を思い出そうとして、首を傾げる。

 ――いま、由為はなんと言った?

「どうしたの? あたし何かおかしなこと言った?」
「……あなた、死んだ月架に会ったの?」

 鎮目医科学研究所。そこに殺害された月架の遺体が安置されているという。だが、理破は彼女の遺体を見ていない。『月』の人間が『星』の本拠地である研究所へ出入りすることは原則禁じられているから。

「う、うん。眠っているように綺麗な女の人の死体だった……って、リハは見てないの?」
「あの研究所に『月』の人間が出入りするのは禁じられているのよ。月架の死の際に『星』の一部と『月』の一部が衝突したことでちょっとピリピリしてるの」

 由為は不思議そうな顔をしている。コトワリヤブリ同士の関係がまだ理解できていないのだろう。理破は苦笑を浮かべ、説明をつづける。

「つまりね、月架が死んだときに『星』の封印が破られたじゃない。そのときに気が動転していたあたしが器の少女を殺せばいいと思ったせいで、『月』と『星』の人間が争う事態になっちゃったの……あれはあたしの人生最大の汚点だわ」

 感慨深そうに告げる理破だが、由為はまったく気にしていない。

「それで?」
「……あなた、すこしは慮る努力しなさいよ」
「あ、ごめん。あたしとしては個人の感情に流される前にすこしでも多くの情報を手にしたいと思っているから……要するにリハも大変なんだよね」
「最後のヒトゴトのような一言が余計よ」

 けれど由為の言葉を聞いていると、これはこれで面白い。もしかしたら景臣も彼女のそういうところに惹かれているのかもしれない。

「はいはい。本題に戻ります。リハは月架さんの遺体を見てないんだね。見たい?」

 確認を取る前から当たり前のように「見たい?」と口にする由為。彼女はすでに理破が死んだ月架の姿を見たいと願っていることもお見通しなのだろう。そして理破が素直に頷くことも。

「見られるものなら……」

 月架の安らかな死に顔を一目、見ることが叶うのなら。月架がいないこの悪夢のような現実とあらためて向き合う足がかりになるはずだ。
 でも、自分は出入り禁止された『月』の人間。堂々と施設に入ることは許されない。ましてや月架の遺体が安置されている場所は選ばれた者しか入ることのできない聖域だ。

「見たいわ」
「あたしなら、見せられるよ?」

 理破の切実な言葉の返答は、とても軽かった。彼女の制服のポケットに入っていたカードキーをこれ見よがしに見せられ、理破は唖然とする。

「ただし、条件があるけどね」

 そのうえ、理破がのむと断定した上で、取引をしようとしている。

「……何よ」
「あたしに情報を頂戴、『夜』の騎士が不在でもひとりで戦えるほどの、実益のある情報を。椎斎に歴史ある逆井本家のお嬢様とその影なら、簡単なことでしょう?」

 満面の笑みを浮かべた由為を見て、理破は重たい溜め息をつく。
 自分より年下の少女を次代の『夜』として支え、斎神となる彼女に跪かなくてはならないという事実。自分の祖にあたる『月』の当主が『夜』の斎を彼女だと認めてしまったのだから、それは変えられない。が。

「……やっぱりあたし、あなたのこと好きになれそうにないわ」
「でも、支えてくれるよね?」
「たとえ『夜』の斎神になったとしても絶対敬ったりしないわよ」
「頼りにしてます」

 噛みつかんばかりの理破に対して由為はどこ吹く風だ。そんな彼女に反発するのも莫迦らしくなって、理破もふっと表情を戻す。

「それじゃあ、月架のところへ連れて行ってもらおうかしら?」
「そうこなくっちゃ!」

 由為はそう言って、理破と明日、学校が終わったら市立公園のイングリッシュガーデンで会うことを約束したのだった。
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