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Ⅵ 昼夜の空に月星は揺らぐ * 4 *
しおりを挟む「――それはできません」
「なぜ」
それほど妹が大事なのかとジークは問う。すでに肉体しか残っていない元斎神の骸。朽ちることのない彼女の遺体はちからを持たない人間が見たら万人が眠っていると判断する呪いを纏っている。その呪いを解かない限り、優夜の妹に本来の意味での死の安寧はやってこない。そのために妹の肉体の時間を止める方法を優夜は研究している。忠誠を誓った騎士なりの意地なのだろうとジークは感じたが、優夜に意固地な部分は見られない。
「月架の死によって『星』の封印は破れたのです。術を扱う何者かが彼女を殺めたのは明白。犯人は『夜』の斎神を殺すことで『星』を呼び、椎斎を闇に堕としています。ここで月架の死と『星』の封印を別問題として捉えることは事実上不可能でしょう。それに」
ゆっくり間をおいて、優夜は口をひらく。
「このまま『夜』の斎神が降臨しなければ、犯人は『星』の器ごとあなたがたから奪っていくはずです」
なぜ『夜』の斎神が殺され、『星』の封印が破られたのか。優夜はジークに挑みかかるように説明する。月架を殺した犯人が狙っているのは神殺しの『星』。器となったジークの孫である鎮斎せのんの肉体も危険な状態にある。そのためには犯人が何者かを見極め、しかるべき措置をしなければすべてが水の泡となってしまう。
鎮目一族に恨みを持つ人間は少なくない。コトワリヤブリを知る関係者でなくても、古くからこの土地に住む人間のなかには異国からやってきた胡散臭い魔術師の存在を快く思っていないものもいる。もし、彼らが鎮目一族の隠された『星』を知ったら……
「言いたいことはわかった」
「では」
ジークは優夜の言い分をこわいくらい素直に受け入れる。
「妹君を殺した犯人が『星』を狙っているとそなたは主張するのだな。ならば『夜』の騎士よ、『夜』の斎の守護だけでなく、『星』の斎のことも見ていてくれるか」
「勿論です」
「……仕方ない。この状態で『星』を封じることができても再び『夜』の斎神を殺されてしまったら元も子もない。そなたが何を考えているか未だにわかりかねないが、われらの邪魔をしないのなら、この地での活動を許す」
そう言って、机の片隅に積み上げられていた本から一冊を取り出し、優夜に差し出す。
「これは?」
「三種の神器のうちのひとつ、『星』の剣を封じた書物だ。かすかながらも外国の血を持つわしが持っていても反発し合うばかりでまともに使えぬし、ほかのものも手に負えないため、封じていたが……土地神の血を受け継ぐそなたなら、扱えるかもしれぬ」
「ですが、これは」
「生と死を司る剣。神殺しの剣。だが、使わずに仕舞っておくだけのものではないはずだ。そなたなら、この剣を生まれ変えさせることもできるだろう」
本からは淡白いひかりが漏れている。魔力が解放されるのをいまかいまかと待ちわびているようだ。ジークは無造作に本を開き、優夜の両手を紙の中へ導いていく。
――紙は神へ通じる、か。
やがて、紙の中にするりと入っていった両手の指先に、かたい感触が伝わる。
「そなたが椎斎の現人神となる『夜』の斎神の守護にあたる騎士だから、わしはこの剣を渡すのだ。もっと早く気づければ、妹君は死ななかったかもしれないが……」
姫君を守護する騎士に剣は不可欠。ジークはそう言って、優夜に本から剣を引き抜くよう告げる。
「いえ……月架はわかっていたのでしょう」
だから、たとえ剣がもっと早く騎士の手にあったとしても、彼女は運命を受け入れたに違いない。そして、未だにその事実を受け入れられない兄を叱咤するのだ。
「それが、彼女の遺した言葉か」
ジークは確認を取るように優夜の瞳を射抜く。アイスブルーの瞳は、闇に沈んだ優夜の瞳に道標を示すかのように、鋭く映る。
――おにいちゃん、戦って。
「そうです。だから、俺は剣を取ります」
優夜は思いっきり腕を高く掲げる。天井にぶつかるのではないかと思うくらいに長いひとすじのひかりが薄暗い理事長室を眩いばかりに照らしていく。
――もし、ほんとうに生と死を隔てられるのなら。
優夜は手に取った剣の感触を確認するように、つよく握る。
「この剣なら、騎士の手によって月架を黄泉へ送ることができるかもしれません」
朽ちることができない肉体だけを残して逝ってしまった妹のことを思い浮かべながら、優夜はジークの前で淡く微笑む。
それは、優夜ではない、月架の騎士にしかできない最後の仕事になる。
ジークは何も言わずに、うむ、と頷き、書物を閉じた。
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