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Ⅴ 使命の芽吹きは月夜の晩に * 2 *
しおりを挟むここは風祭神社。日高地方の西、アイヌ語で崖の間を意味する平取町の山岳部にひっそりと隠れるように佇んでいる地図にも載っていない無願神社だ。
札幌へのアクセスは高速バスを駆使すれば二時間程度。ただ、椎斎からだと鉄道とバスを使っても三時間以上はかかる。
シーズンの間は登山客が訪れる山への通り道として町の中心部や椎斎につながる道路が確保されているが、溶け残った雪に邪魔されており道と呼ぶには険しすぎる状態だ。先に連なる鬱蒼と茂った針葉樹林の奥で、人ならざる神聖な空気を漂わせているものの、寂れているのが否めない。
そもそもは農村地帯を司る農耕の神が祭祀されていたが、いまでは訪れる地元の人間も殆どいない、忘れ去られた神社である。
風祭という珍しい苗字を持つ彼女はそこで家族と暮らしており、主の拠点のひとつに場所を貸している。
本人は椎斎のコトワリヤブリについてそれほど執着はないようだが、風祭の人間は鎮目一族に恨みがあるようで、前世の記憶を持つ男の復讐劇が興味深いからとそれを利用しようとしているらしい。なぜ昼顔にそこまで話したのかはわからないが、彼女いわく「どうせわかる」から先に教えておくのだという。そうは言われても昼顔は彼女のことがよくわからない。
わかっているのは風祭神社に住む風祭アペメル謡子という名前だけ。自分より年下のように見えるが、学校に通っているようにも見えない。しかも、昼顔が常に見る瑶子の姿は巫女装束で、必ず眼帯をつけている。
いつも左目につけている眼帯の向こうには榛色の右目とは異なる色彩を持っているとも聞いたが、昼顔は実際にその光景を見たことはない。主以上に謎の存在である。
主さま。彼のほんとうの名前は契約によって秘匿されている。昼顔が彼に従う『真昼の月』になると決めたそのときから、彼の名は忌み名として、昼顔の辞書から削除されたから。
初めて逢った時、彼は昼顔がこの土地に隠された神話の後継者のひとりであることを教えてくれた。そして、前世からずっと抱きつづけてきた野望を叶えるために昼顔の存在が必要だと求められ、軽く頷いて、いつの間にか半年が経っていた。
ふつうの少女だと思っていた昼顔の日常はゆるやかに、確実に壊れていった。
彼に仕える巫女、謡子が持っていた歪な鏡に触れた途端、わかってしまったことで。
「あれが、『月』が持っていた神器、鏡の欠片だったのよね。そしてわたしが手にしたのが過去の片鱗だった……」
濁流のように侵入してくる主や風祭一族の過去、そして椎斎にいまも生き続けるコトワリヤブリたちの遠い過去……昼顔は知りたいと思わなかったのに、わかってしまった。
謡子は異国の魔術師である鎮目一族と対立し、敗れたあげく孕まされ産み落とされた絶望の巫女の末裔。だからアペメルなんて名前を彼女は持っている。それは土地神とともに生きたとされる古民族が残した神謡で語られる「火の光」を意味する激しい言葉だ。
一方、主さまは神殺しの『星』である鬼姫の婚約者。彼女が神の元へ逃げて斎になってしまったのを嘆き、憤死し、その怨念だけが現代に凝り、転生した彼を復讐へ駆り立てた哀しいひと。それなのに、いや、それだから本能の赴くままに彼は必死になって『星』を手に入れようとしている。
そして、血に塗れた鬼姫を自分のものにした暁には、すべてのしがらみを断ち、いまは誰もいない椎斎の『夜』の斎神になりかわろうと画策している……
途方もない彼の野望に付き合わされている昼顔は、それでも彼を見放せない。もしかしたらそれすら彼の計算内だったのかもしれないけれど。
「それでも、わたしはきっと後悔しないんだろうな。イレギュラーな『真昼の月』として逆斎に逆らうことに」
いつか、クラスメイトの理破と対峙することもあるだろう。それはきっと、さほど遠い日ではないような気がする。
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