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Ⅳ 影は月に果てなき天を想う * 1 *
しおりを挟むこの街は面白くなったな。最近になってできた、似たような建物ばかりが並んでいるありきたりで、平凡かつどこか平和ボケしたどこにでもあるような地方都市にしかならないと思っていたけど、あらためて実際に住んでみたら、それは間違った認識だったということを感じたよ。
「……それは、褒め言葉かしら」
はたから見ると、椎斎市は鄙びた土地を活性化させるために再開発された新興の地方都市にすぎない。
もともと学園都市だったこの街をいまのようにしたのはときの市長、鎮目努だ。少子化の影響で学園へ通う生徒が減ったのを危惧し、家族が住める街へとシフトさせたのだ。そのため、駅周辺を中心に大がかりな工事を行い、巨大な商業施設を生みだし、それを囲むようにマンションや建売住宅などを増やし、家族連れを呼び込んだ。その狙いは当たり、一時的にだがファミリー層の人口が伸びている。
あれから十年。道内でも降雪量の少ない温暖清涼な地方都市として知名度を高めた椎斎は、いま、呪われた街としてひとびとから恐れられはじめている。
目の前の男は、動き出した椎斎の地を、どう思っているのだろう。そして、街中で起こりはじめた異変が、彼の目の前にいる自分を、どう映すのだろう。
「褒め言葉のつもりだけど、気に入らなかったかい?」
「あなたは面白がっているだけでしょう?」
「まあね。警察もお手上げ状態なんだろ? いままで派手な事件なんかまったくなかったからね。この一か月でもう八件、未遂も含めて十五件、だったかな。椎斎市内で起こった不審死、事故の数。いくらなんでもこれは多すぎる。市民も薄々感じてるようだし、偉い人たちがいくら金積んでマスコミに隠そうとしてもバレるのは時間の問題だ」
「……だからあなたがわたしの元へやって来たのかしら」
いままで、まったく顔を見せに来なかったくせに。
そう毒づくと、男はすまなそうに頭をかく。
「仕方ないだろ。オイラだって忙しいんだよ。ほんとならもうちょっと早くこっちに来たかったんだけど」
「もう遅いわ。あなたの予想通り、悪魔はわたしが眠っている間に幽体離脱するように抜けだして、この街をゆっくりと壊し始めている」
「セノン」
「皮肉なものよね。わたしの名前が悪魔と同じだなんて。それも、あなたが名付けたんでしたっけ、クライネ」
クライネと呼ばれた男は困ったように唇を歪ませ、ベッドに横たわったままのせのんを見つめる。
「いやな偶然もあるもんだな。ほんとに知らなかったんだよ。まさか君の名前が悪魔と同じだったなんて。アイネも最後まで隠してやがったし……」
たしかに、彼は悪魔なんて非科学的なことを信じないひとだ。それはせのん本人が一番理解している。
なんせ、せのんの名前だって、高貴なブルガリアンローズに多く含まれる精油香気の成分であるベータダマセノンから思いついたなどという変人なのだ。そしてその名前に賛同したのがせのんの前の『星』の斎、鎮目愛音だ。
せのんの母の姉にあたる彼女は子を残さず若くして病死した。臨終の際に何も知らない五歳の姪を呼び出し、あとは任せたぞといわんばかりに転移の術をかけたというせのんにとってまさしく悪魔のような斎である。
すでに死んでいるため今更恨むこともできないが、もし彼女が生きて子を成していたら自分はこんな状況には陥らなかっただろうなと思わずにいられないのも事実だ。
「そのせいでわたしは鎮目一族の中でも特殊な斎鎮目の人間に認識され、あなたとの縁を奪われ、養子縁組で姓を変えた。だというのに一族からはちからなき悪魔憑きと蔑まれ、幽閉同然にこの研究所で半日以上眠りながら無為に日々を過ごしているの。ちからある人間に封じられるべき呪われし悪魔を、アイネがわたしなんかに転移させたから、この街はいまおかしいことになっちゃっているんじゃないの?」
退魔一族である鎮目の人間は、せのんの存在を極力隠しているが、『夜』の斎神が死んだことで封印が破れ、悪魔が無差別殺人をはじめたことを知っているのだろう。そうでなければいまここに彼はいないはずだ。
「そう自分を責めても、事実だから仕方ないじゃないか」
「あなたはいつもわたしを傷つけるのね」
「それを傷と認識する時点で君はまだ、未熟な状態なんだよ」
「だって、自分がいつ悪魔に乗っ取られてもおかしくないのは本当のことですもの」
「こわいことを言うね」
「別に恐ろしいことではありません」
さらりと返すが、クライネには彼女の言葉が強がりでしかないことを理解しているのだろう。せのんのベッドサイドに無造作に置かれている十字架に気づき、そっと手に取る。部屋の明かりにかざすと、十字架は淡白く、銀色に煌めく。
「……気休めにしかならんだろ」
「それでも、安眠のお守りだから」
「文字通りってか」
真っ白な病室に煌めく白銀の十字架はクライネがせのんに渡したものだ。せのんはもう二度と逢うことはないだろうと思っていたクライネとこうしてふたりきりで顔を合わせることができたことを不思議に感じる。
神が賜えた奇跡と呼ぶには大げさすぎる、ささやかな贈り物。けれどそれが意図する未来は、きっとろくでもない。
せのんを忌む鎮目のもとにあえて預けて自分だけ椎斎から離れたこの男が、自分の元に再び現れたのは、迎えに来たからではないと理解しているから。
「……ところで、そんな話をしにわざわざ戻ってきたわけではないでしょう?」
挑発するように、視線をぶつける。
きらきらと輝きを見せる十字架を揺らしながら、クライネはせのんの真剣な表情を見下ろす。しゃらん、と鎖が静まり返った病室で一鳴きする。そして。
「そのとおり。オイラが戻って来たのは、悪魔を殺すよう、頼まれたためさ」
せのんの喉元へ、十字架の尖端を向け、彼は嗤う。
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