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Ⅰ 真白き城に埋まる秘密 * 4 *

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 目覚めたとき、そこに使い魔の姿はなかった。あれからどのくらい眠ってしまったのだろう。せのんはベッドサイドの置時計を見て、すでに日没を迎えていることを知る。
 見上げると点滴の液体が遅々として自らの身体へ吸い込まれていく姿。そろそろパックを取り替えに担当医が来るはずだ。いまの担当医はどういう名前だっただろうか。ころころ担当が変わるから名前を覚える努力もすでに失ってしまった。それだけ自分は厄介者なのだろう。
 けれどここで自分がいなくなると別の混乱が生じてしまう。だから生かさず殺さず幽閉されるような形でせのんはこの施設での生活を余儀なくされている。その境遇をおかしいと怒ってくれるのは使い魔のチロルだけで、他の一族の人間やコトワリヤブリの人間たちはこれが『星』を身に宿した斎の運命だと決めつけ、せのんを腫物のように取り扱う。

 ……わたしだって好きで呪われているわけじゃないのに。

 思考を中断させるかのように、ノックの音が響く。たぶん担当医だろう。

「入って」

 せのんの言葉を受けて、ゆっくりと扉が開く。皺ひとつない白衣を着た、眼鏡をかけた男性。昨日と同じひとだ。

「点滴を交換致します」

 用件だけを告げて、担当医がせのんの身体に繋いでいた点滴チューブに手をかける。慣れた仕草。てきぱきとこなす彼をぼんやり見つめながらせのんは口をひらく。

「あなた」
万暁かずあきとお呼びください、お嬢様」

 カズアキ。それがこの医師の名前なのか。苗字ではなく名前を口にしていることから、彼もきっと鎮目の人間なのだろう。せのんは深く考えずに頷く。

「わたしもお嬢様扱いはされたくないわ。寒気がする」
「では、姫君のことをどのように呼べばよろしいのでしょう?」

 茶化すように万暁が尋ねる。せのんは困惑する。こんな風に自分と気軽に会話をする人間がいるなんて。

「そうね……せのんで構わないけど、そうすると災いが降りかかるかもしれないわ」

 おどけるように応えるせのんを見て、万暁はにっこり微笑む。

「災いだなんて随分と自らを貶めているのですね」
「悲劇のヒロインたるもの、自己憐憫の力が一般人に比べて強いのは当然のことよ」

 あえて嫌味ったらしく口にするせのんの姿は確かに憐憫を感じさせる、万暁はそう思いながらも口に出さずに作業を終える。

「……確かにここは病魔という悪魔の呪いのせいで幽閉された姫君にとってみれば美しいだけで退屈な宮殿にほかなりませんね。あなたと関わることが災いにつながるなんて前時代的な考えを持つ人間が多いのは事実でしょうが、僕はそのようには考えておりませんのでご安心ください、せのん様」

 つまりこちらの事情も理解しているとのことか。せのんは頭の中で万暁の言葉を反芻し、彼が信用に値するか否かを判断する。

「気に入ったわ、カズアキ。あなたをわたしの家来にしてあげる」

 くすくす笑いながら、せのんは自分の空想遊びに付き合ってくれるこの医師に、合格の判子を押すのである。


   * * * * *


 むせた。
 優雅に紅茶を飲んでいた由為は、優夜の一言で我に却る。

「けほっ……死体安置所?」
「みたいなものだ」

 そう言って立ち上がり、またマカロンを口にして優夜は颯爽と歩きだす。由為も慌てて後につづく。
 東堂は軽く会釈をし、クロークの方へ姿を消していく。そちらに従業員のプライベートな空間が準備されているようだ。
 優夜は東堂をまるで空気のように見向きもしないでエレベータに乗りこんでいる。由為は置いて行かれないよう早足になる。
 由為がエレベータに乗ったのを確認して優夜は扉を閉め、目的階のボタンを押す。
 地下一階。
 あっという間に地下に潜り、エレベータの扉が開く。優夜に促されて由為もおそるおそるエレベータから降りる。

「ここ、建物の中、ですよね?」

 そこは、潮の香りがする湿った場所だった。天井には蒼いライトが設置されていて周囲はぼんやりとしている。
 ぼこぼこぼこ、という水の音が四方から流れている。この場所一帯がまるで水槽の中であるかのような錯覚に陥り、由為は思いっきり深呼吸をする。その横で、名残惜しそうにマカロンを食べ終えた優夜が口を開く。

「東堂の話を聞いたなら理解できるだろ」
「病院のような研究所、でしたっけ」
「ひとによっては病院と呼びたがるが、俺はここを研究施設と認識している」

 つまり、この地下空間も研究設備の一貫であると言いたいのだろう。ただ、医科学研究所という名前からして、生体に関する医療の研究が主立っていることから少なからず病院的役割をしているのも事実のようだ。
 由為はわかったようなわからないような気持ちで優夜の説明を耳にする。

「ここでは治療法のわからない病気に対抗するための研究や変死にまつわる調査などが行われている」
「はあ」

 医療技術が進歩した現代でも治せない病というものがある。というのは由為も知っている。そのために研究者たちが日々ワクチンの開発や病原体の調査などを行っていることも。
 が。

「朝庭に見てもらうのは後者の死体な」
「……前者の研究については理解できるんですけどなんで後者の変死うんぬんがこの施設で行われていてしかもあたしがその死体を見なくちゃいけないんですか!」

 わけがわからない。

「お前が関係者だからだよ」

 あっさり言い返され、由為は呆然とする。
 ……関係者ってどういうこと?

「入学式のこと、覚えてるか?」

 ぽかん、としている由為の隣で、優夜が囁くように言葉を紡ぐ。さっきまでの自分本位な言い方とは異なる、優しい口調で。

「そりゃ……忘れられるわけ、ないじゃないですか」

 弱々しく応える由為は、まさかそのときの死体を見せられるのかと身体を震わせる。

「いや、あのときの死体はすでに荼毘に付されている。俺がお前に見せるのは別の、もっと美しいものだ」

 優夜はそのまま水音が響く室内に不協和音を奏でるように皮靴で床を踏み鳴らす。すると、水が勢いよく床から吹き出し、サァアという音とともに等身大の石が目の前に現れる。
 それは、扉の形をしている。
 優夜はポケットから警備員から受け取った鍵を取り出し、当たり前のように扉の錠を解く。慣れた手つきを見て、由為は彼がこの場所に何度も足を運んでいることを悟る。
 水のカーテンが一瞬、ふたりを歓迎するかのように開き、雫が床でぱしゃりと弾け飛ぶ。

「この奥で眠っている」

 誰が、とはきけなかった。
 足が早くと急いていて、由為は優夜を追い越して、青白い光のさした扉の奥へ飛び込んでいた。
 その先には、硝子の棺を思わせる四角いケースが立て掛けられている。
 中には、立ったまま瞳を閉じている少女の姿。
 由為の記憶が一気にフラッシュバックする。
 喪服のような黒いワンピース。
 陶器を思わせる病的なほどに真っ白な肌。
 両手に持っているのは、花束だろう、大輪のカサブランカが胸元に飾られている。
 死んでいる。

「……」
「な、関係者だろ」

 由為は、再会したのだ。
 ――人殺しだと思った少女と。
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