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弐
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しおりを挟む匂款冬の姫君。
小子をそう呼ぶようになった義仲の四天王たちは、難しい顔をして向き合っている。
「俺は反対だったんだ。藤原北家の姫君を正室に据えるなんて正気の沙汰じゃねーって」
「だけど見てのとおり、義仲さまは款冬姫さまに夢中でいらっしゃる」
「同感。あれじゃあ五条藤原邸の離れに幽閉されていたころと変わらないんじゃないか? 鳥籠を取り替えただけで姫君は外に出られないままなんだし」
姫君はひとりぼっちではなくなったが自由になれたわけではない。義仲は小子が外出することを好ましく思わなかったし、小子もまた、そんな義仲を気遣ってか、自らが外に出ようとするそぶりは見せたことがない。時折、巴が市に連れ出すことはあるが、必要な買い物をするだけで寄り道をしてきたことはないという。
「どっちにしろ、俺たちが何を言っても義仲は姫君を手放しはしないってことだな」
「まったくだ」
義仲の乳兄弟である兼平と兼光は主のことを昔の馴染みで呼び捨てにしているが、行親と親忠の親子は義仲さまと呼び続けている。本人は気にしていないようだが、対等の関係にはならないのだからけじめはしっかりつけるべきだと行親は考えている。
だがその主である義仲が自分が攫ってきた姫君に夢中で自分が何をすべきか物事をきちんと計れなくなってきている。いまも義仲の暴挙を止めよとばかりに彼の従兄弟である源頼朝が討伐隊を向かわせているとの話がでているというのに。
これは大変だと四天王が集合し、頭を並べてみたものの、結局のところ主に仕えるのが自分たちの役割、いまさら意見しても一蹴されてしまうのが落ちだろう。
「だったら逆に、姫様を義仲さまから離れさせればいいんじゃね?」
いいこと思いついたと嬉しそうに口をひらく親忠を、怪訝そうに他の三人が見つめる。
――あーこいつ款冬姫さまに惚れやがったな。
十七で親忠の父となった行親は息子の考えを咄嗟に見抜き、溜め息をつく。
けれど鬼に憑かれた姫君を正室に迎えることができたのは義仲しかいないのだ。親忠がひとり反旗を翻したところで彼は容赦なく死の餞別を手向けるだろう。それだけ義仲が小子に向けている愛情は深い。
血も涙もない鬼神が唯一安らげる場所として選んだのが鬼に憑かれた少女だったことは兼光からすれば意外なことではなかった。だが、自分と血のつながりを持つ兼平はそんな義仲に危惧を抱いている。
「いや、それよりは義仲さまを遠ざける方が得策だ。どうせ戦になる。そうなれば彼だって目が覚めるさ」
「だといいんだけどなぁ……」
「なんだ、兼平。なにか気がかりなことでもあるのか?」
「たくさんありますよ行親どの。葵さまの容態も不安定なままですし……」
「そんなに悪いのか?」
親忠が兼平に尋ねると、兼平は困ったように微笑み返す。
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