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壱
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しおりを挟む義仲がなんでいるんだと目を白黒させている。はたまた巴も無言になり畳のヘリを無心になって数え始めている。正気なのは忠親だけのようで、「そうそう、彼女だよ」と小子の耳元で教えてくれる。
「山吹が……姫?」
小子の戸惑う声を面白がるように、御簾がはらりと捲られ、馴染みの女性の姿が現れる。小子に仕えていたときと同じ、女房装束だ。傍らにはがっしりとした体躯の武士が控えていて、申し訳なさそうに頭をかいている。
「ここには連れてくるなと言っただろ、兼光」
「も、申し訳ありません。ですが」
「義仲さま。兼光は悪くございませんわ。わたくしが行きたいと駄々をこねただけにすぎませんもの」
「だが……」
たじろぐ義仲を遮るように、巴が心配そうに声をかける。
「大丈夫なの? そんなに動き回ってまた倒れでもしたら」
「わたくしがそこまで無謀な女に見える? 問題ないから兼光も共にしてくれたのよ」
「……共にさせられたの間違いだろ」
ぼそりと毒づく義仲をよそに、女性は彼の膝のうえにちょこんと乗せられている小子の前で膝を折り、嬉しそうに声を弾ませる。
「姫様。わたくしが山吹こと葵にございます。藤原の邸では無愛想に振舞いましたこと、お許しください。あんまし馴れ馴れしすぎると義仲さまがひとりで迎えに行けないとおっしゃられたし、親身になり過ぎて邸の人間に不審がられたくもなかったものですから」
「山吹が、葵?」
「ええ。生まれ育った城が山吹城と呼ばれていたものですから山吹姫などと呼ばれることもあるんです。姫様におきましては山吹でも葵でもお好きな方でわたくしのことをお呼びくださいね」
いままで間諜であることを隠しながら小子に仕えていたからか、葵はおそろしいほどに饒舌になっている。義仲と巴はこうなることが予想できていたのかふたりして頭をかかえている。
「では、葵と呼ばせてください。山吹はわたしに仕えていたけれど、いまのあなたは義仲にお仕えしているようだから」
小子が率直に応えると、葵も微笑みを湛えたまま言葉を返す。
「でしたら今日から姫様、あなたが款冬姫ですね」
葵は悪びれもせず、小子のことを款冬姫、と歌うように口にする。款冬には一説に、山吹の意を持つともいわれていることを思い出し、小子もその偶然を快く受け入れる。
「そうね。わたしは款冬姫。匂款冬のちいさな白き花」
冬を款いて春を呼ぶ。そう口にした義仲に応えられるよう願いを込めて、小子は新たな二つ名に心を躍らせ、口ずさむ。
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