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壱
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しおりを挟む「姫様は、どのように呼ばれたいですか?」
主人である義仲がいるからか、親忠は小子にも堅苦しい言葉を向けている。別に気にする必要はないのにと思った小子だが、そんなことを口にしたらまた義仲に何か言われそうなので黙っておくことにして、親忠の質問に応えることにした。
「姫様、で構わないけれど……それだと不都合なのね」
義仲には小子が来るまで正室はいなかったが、側室に該当する女性はいると巴が教えてくれた。
「ええ。本人は嫌がるんですけど巴さまも戦姫として仲間たちから慕われていますし、葵さまももともとは木曾に縁あるお城のお姫様でしたから」
葵、という名前は義仲と最初に出逢ったころから何度も耳にしている。義仲が木曾にいたころからの関係を持っているようだ。彼女も上洛の際に同行したというが、げんざい病気療養中のため小子と顔を合わせるのは難しい状態にあると巴が説明してくれた。
話の断片からして、葵も巴と同じようにさまざまな戦を体験しているようだった。武力派の巴と異なり、頭脳派のようで間諜の任務などを黙々とこなした才女だという。小子のことも彼女が調べて義仲に報せていたようだ。
……そっか、義仲のまわりにはわたし以外にも姫様と呼ばれる方がいるのか。
そうなると、自分は彼らになんと呼ばせればいいのだろう。ずっと髪を撫でつづけている義仲は小子が困ったように顔を向けたからか、口をへの字にしていじけてしまった。
「小子って呼ぶのは俺だけだぞ」
小さいからという単調な理由でつけた名前だというのに、妙に気に入っているのか義仲は自分だけが小子を小子と呼ぶのだと言ってきかない。そのこともあって、小子も彼以外の人間から小子と呼ばれることが想像できないでいる。
つまり、巴のように戦姫などという二つ名をつけた方がこの場を落ち着かせることができるのだろうと小子はようやく悟り、小声で呟く。
幼いころに知った花の名前が思い浮かぶ。それが、初めて出逢った夜に義仲が言ってくれた言葉とひとつになる。
「でしたら、款冬姫と」
「ふきひめ?」
巴と親忠が顔を合わせて訊き返す。
小子の髪を撫でつづけている義仲は、彼女が何を思ってその名に至ったか感づいたらしい。満足そうに彼女の髪に口づける。
「彼女はたえ鬼に憑かれていようが冬を呼ぶ姫ではない。凍てついた冬を款く花のような姫が、小子なのだ」
小子を連れだした夜に義仲が言っていた言葉。そこから彼女は、あたらしい二つ名を考えだした。
「素敵! 匂款冬の君、なんて後宮の女御みたい」
巴は小子と義仲の説明から、降り積もった雪から芽吹く淡い緑の款冬ではなく、冬から春にかけて花開くちいさく白い、匂款冬の花を思い浮かべたようだ。逆に親忠はどういう花なのかわからず首を傾げている。挙句の果てに口にしたのは、小子を驚かせるひとことだった。
「山吹姫と混同しそうだな」
山吹姫? 小子は義仲と巴の顔色をうかがう。ふたりは一瞬ぽかんとしていたものの、親忠をキッと睨みつけるだけで、何も言わない。
「山吹姫って、わたしに仕えていたあの山吹?」
小子が思い切って尋ねると、応えは御簾の反対側から聞こえてきた。
「そうよ、姫様。おひさしゅうございますわね?」
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