款冬姫恋草子 ~鬼神が愛す、唯一の白き花~

ささゆき細雪

文字の大きさ
10 / 27

+ 6 +

しおりを挟む


「姫様は、どのように呼ばれたいですか?」

 主人である義仲がいるからか、親忠は小子にも堅苦しい言葉を向けている。別に気にする必要はないのにと思った小子だが、そんなことを口にしたらまた義仲に何か言われそうなので黙っておくことにして、親忠の質問に応えることにした。

「姫様、で構わないけれど……それだと不都合なのね」

 義仲には小子が来るまで正室はいなかったが、側室に該当する女性はいると巴が教えてくれた。

「ええ。本人は嫌がるんですけど巴さまも戦姫として仲間たちから慕われていますし、葵さまももともとは木曾に縁あるお城のお姫様でしたから」

 葵、という名前は義仲と最初に出逢ったころから何度も耳にしている。義仲が木曾にいたころからの関係を持っているようだ。彼女も上洛の際に同行したというが、げんざい病気療養中のため小子と顔を合わせるのは難しい状態にあると巴が説明してくれた。
 話の断片からして、葵も巴と同じようにさまざまな戦を体験しているようだった。武力派の巴と異なり、頭脳派のようで間諜の任務などを黙々とこなした才女だという。小子のことも彼女が調べて義仲に報せていたようだ。

 ……そっか、義仲のまわりにはわたし以外にも姫様と呼ばれる方がいるのか。

 そうなると、自分は彼らになんと呼ばせればいいのだろう。ずっと髪を撫でつづけている義仲は小子が困ったように顔を向けたからか、口をへの字にしていじけてしまった。

「小子って呼ぶのは俺だけだぞ」

 小さいからという単調な理由でつけた名前だというのに、妙に気に入っているのか義仲は自分だけが小子を小子と呼ぶのだと言ってきかない。そのこともあって、小子も彼以外の人間から小子と呼ばれることが想像できないでいる。
 つまり、巴のように戦姫などという二つ名をつけた方がこの場を落ち着かせることができるのだろうと小子はようやく悟り、小声で呟く。
 幼いころに知った花の名前が思い浮かぶ。それが、初めて出逢った夜に義仲が言ってくれた言葉とひとつになる。

「でしたら、款冬姫ふきひめと」
「ふきひめ?」

 巴と親忠が顔を合わせて訊き返す。
 小子の髪を撫でつづけている義仲は、彼女が何を思ってその名に至ったか感づいたらしい。満足そうに彼女の髪に口づける。

「彼女はたえ鬼に憑かれていようが冬を呼ぶ姫ではない。凍てついた冬を款く花のような姫が、小子なのだ」

 小子を連れだした夜に義仲が言っていた言葉。そこから彼女は、あたらしい二つ名を考えだした。

「素敵! 匂款冬においかんとうの君、なんて後宮の女御みたい」

 巴は小子と義仲の説明から、降り積もった雪から芽吹く淡い緑の款冬ふきのとうではなく、冬から春にかけて花開くちいさく白い、匂款冬の花を思い浮かべたようだ。逆に親忠はどういう花なのかわからず首を傾げている。挙句の果てに口にしたのは、小子を驚かせるひとことだった。

「山吹姫と混同しそうだな」

 山吹姫? 小子は義仲と巴の顔色をうかがう。ふたりは一瞬ぽかんとしていたものの、親忠をキッと睨みつけるだけで、何も言わない。

「山吹姫って、わたしに仕えていたあの山吹?」

 小子が思い切って尋ねると、応えは御簾の反対側から聞こえてきた。

「そうよ、姫様。おひさしゅうございますわね?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

処理中です...