深紅の鬱金香に恋して。 ―人形姫―

ささゆき細雪

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鬱金香の荷車で

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 リニフォニアの身体は風の精霊に運ばれて宙を舞う。蒼天でドレスが羽のように拡がりくるくる回る。瞳を閉じたままのリニフォニアは自分が生きているのか死んでいるのかすら判断できず、風の赴くままに身体を漂わせている。遠くから見たら枯れ葉が飛ばされているようにしか見えないだろう。
 やがて風は勢いを弱め、動かないリニフォニアの身体は重力によって地面へと落下する。けれど精霊の加護のおかげか、彼女が地面と激突する際に衝撃は起こらない。

「……ん」

 豊潤な甘い香りがリニフォニアの覚醒を促す。ふかふかの土のベッドに横たえられたような形で気を失っていた彼女はゆっくりと翡翠色の瞳をひらき、むくりと起きあがる。

「ここは……?」

 周囲を見回すと太い深緑の茎と葉が生い茂っている。太陽のひかりなのか、上空はとてつもなくあかい。いや、あれは太陽ではない。

「深紅の、花」

 大輪の花がリニフォニアの上空を覆っていた。ゆっくり立ち上がると、花はリニフォニアよりすこしだけ背が高かっただけのようで、青い空を確認することができた。
 ――鬱金香だ。
 リニフォニアが風の精霊に導かれてヘルミオネの王宮から舞い降りた場所は、深紅の鬱金香が咲き誇る花畑。よりによって、呪いの対象と呼ばれる花陰に連れられるなんて……けれどリニフォニアはその考えを一掃し、改めて周囲を見回す。
 鬱金香は一種類だけ植えられているらしく、右を見ても左を見ても深紅の花しか見当たらない。上質な天鵞絨を彷彿させる花弁は、一枚一枚がリニフォニアの顔と同じかそれ以上の大きさがあって迫力がある。
 相変わらず風が強いのか、鬱金香はぐらぐらと首を振っている。前へ後ろへ前へ後ろへ。
 そしてその動きにつづけとばかりに青い空に浮かぶ白雲までもが前から後ろへと流れていく。
 そしてカタンカタンと陶器のぶつかり合う音までもが聞こえてくる。訝しげに思ったリニフォニアはゆっくりと場所を変え、ここが花畑ではないことに気づく。

「これって……荷車?」

 大量の深紅の鬱金香はすべてが鉢植えで、荷車に乗せられて運ばれている。そのことに気づいたリニフォニアは意を決して前へと足を踏み出していく。下手をすれば荷車から振り落とされかねないが、それでも無性に気になった。花屋が行商のために移動しているだけだろうとも考えられたが、同じ種類の鬱金香だけがこれだけ並ぶと、不安になってしまう。
 たぶん、リニフォニアが鬱金香の呪いをかけられた人形姫だから、そう感じているだけなのだろう。けれど。
 ……もしかしたら、魔術師が魔法を使うために深紅の鬱金香だけを買ったのかもしれない。
 その疑惑がどうしても離れない。自分と同じ人形のような姿にさせられる人間がいるのなら、どうにかして止めなくてはならない。考えすぎだろうか?
 ガタン。
 そのとき、荷車が突然止まった。リニフォニアの身体もガクッと傾く。慌てて傍に生えている葉を抱きしめ、難を逃れるが、ほっと息をつく暇もないうちに頭上から声をかけられる。

「鬱金香の花陰に隠すとは、風の精霊もよく考えたわね。だけど残念、あたしの魔力の方が秀でていたみたいね」
「なん、で」

 リナリアがここに? さっきまで自分を殺そうと虐めていた彼女が?
 リニフォニアが蒼白な表情を浮かべて黒装束の魔女を見つめると、リナリアはつまらなそうに鼻を鳴らす。

「スクノードさまが貴女を必要としていたからよ。悔しいけれど」
「それで、呪いを解いてレンブラントを手に入れて、用なしになったわたしを殺すのですか?」
「できることならそうしたいわ」

 そう言ってリナリアは鬱金香の葉にしがみついていたリニフォニアを軽々と摘み上げ、キッと睨みつける。

「けれどスクノードさまはそんなこと望まない。レンブラントを手に入れるのだって乗り気ではないの。ヘルミオネ王家に仕える魔術師であるあたしからすれば、許されることじゃないんだけど」

 彼がほんとうに望まないのなら、貴女の呪いを解くちからを還元するのはやめるわ。
 あっさり言い捨て、リナリアはリニフォニアをひょいと投げる。

「あ……!」
「せいぜい野良猫にでも食べられるがいいわ。レンブラント王には解呪に失敗して王女は消滅したとでも報告しといてあげるから!」

 これで戦争でもすればいいのよ。ぜんぶ滅茶苦茶になればいい。
 自暴自棄になっているリナリアは、スクノードの命令を無視してリニフォニアを置き去りにする。彼ひとりでは完全に呪いを解くことができないのだ、彼には自分がいればいい。こんな愛玩人形など、彼には必要ない。
 そして取り残された人形姫は壊れて朽ち果てるその日まで、孤独に苛まれていればいい。

「――それは聞き捨てならない言葉だな」

 突然入り込んだ第三者の声に、リナリアが目を瞬かせる。
 放り出されてか細い悲鳴をあげたリニフォニアのちいさな身体は、おおきな手のひらに抱きかかえられていた。その、馴染みある肉刺だらけの手に、リニフォニアは驚きの声をあげる。

「インゼル……!」
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