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人形に嫉妬する女
しおりを挟む人形サイズのままヘルミオネへ到着したリニフォニアはスクノードと離れ真鍮の鳥籠のなかへ入れられた。ドールハウスの次は鳥籠に囚われるのかと溜め息をつくリニフォニアに、彼女が入った鳥籠を持った少女が申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。王宮に仕える侍女のようだが、黒いブラウスとひざ丈のスカートといういでたちが多少奇抜に感じられる。
「スクノードさまは用心深いお方ですから」
「……」
それは、この半日ほどでリニフォニアも理解している。人の目を気にするように夜明け前にレンブラントを出て、逃げないようリニフォニアを抱え込んだまま馬車に乗り、王城に着いてからも自分以外の人間には指一本触れさせようとしないで鳥籠に入れさせたのだ。
「それだけ、貴女さまのことを大事にしたいと思ってらっしゃるのですよ」
少女は黙ったままのリニフォニアに、やさしく告げる。
「ですが、それを快く思わない人間がいるんです」
――たとえば、あたしみたいに。
「え」
鳥籠を手にしていた少女はくすくす笑ってリニフォニアに視線を落とす。一瞬で、鳥籠の鍵が壊されていた。魔法だ。その素早い動きにリニフォニアは瞠目する。物音を立てずに鳥籠は開く。そして少女の手がリニフォニアの長い髪を摘み上げる。
「っ!」
引きずられるように持ち上げられ、リニフォニアは抵抗するが、少女は気にもしない。スクノードのときと同じで、何もできないまま、リニフォニアは少女に身体を絞められる。スクノードのときと違うのは、彼女に紛れもない殺意が滲み出ていること……それに気づいたリニフォニアは呼吸を止められ唖然とする。
「このまま人形の部品みたいにバラバラにするのもいいけど、それじゃあ洋服が汚れちゃうわね……上質なドレスなんか着て莫迦みたい……スクノードさまはそんな姿見ることもできないのに」
苦しい。息ができない。このまま少女の手によって自分は殺されてしまうのだろうか。意識が朦朧としてきたリニフォニアは苦悶の表情を浮かべたままか細い声をあげる。あまりに小さくて少女には聞き取れないその声に。
「やめなさいリナリア!」
スクノードが反応した。
リニフォニアを手にかけていたリナリアはスクノードの厳しい声にビクっと身体を震わせ、片手で持っていた鳥籠をその場に落とす。カシャン、という音とともに回廊の窓が開き、冷たい風が入り込む。風の精霊魔法を使われたのだとリナリアが悟った瞬間、リニフォニアの身体は宙を舞っていた。
「!」
ちいさな人形姫の身体は風に攫われ、窓の外へと飛んでいく。
リナリアはその光景に目を奪われ、言葉を失った。ただごとではないとスクノードもリナリアのもとへ駆けつけ、黙り込む。
ここは二階だ。等身大の人間が身を投げた場合、怪我をするだけですむだろう。だが、人形サイズのリニフォニアは? この高さから真っ逆さまに落ちたら、どうなる?
「……スクノードさま」
「なぜだ、リナリア」
スクノードは怒りに満ちた声で、リナリアを糾弾する。幼いころに魔術に失敗したために視力を失ったスクノードは、見えない瞳でリナリアの真意を覗き込もうとしている。
「貴女だけは、僕の味方だと信じていたのに」
「味方だから、です」
リナリアはスクノードの前へ跪き、そっと囁く。
「精霊の加護を受けた厄介な人形姫など、呪いを解いたら更にスクノードさまを苦しめるに決まっています」
「だから呪いが完全に解ける前に殺めてしまおうとしたのか」
僕はそんなこと望んでいないのに。そう続けようとするスクノードに、リナリアが抱きつく。
「ちいさくて愛らしいだけの人形よりも、あたしを見てください」
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