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プリンセッサ・リニフォニア
しおりを挟む契約は唐突に打ち切られた。
「まだ、公にはされていないのですが、このたびレンブラント国の第一王女リニフォニアさまは隣国ヘルミオネ帝国の第六皇子スクノードさまとの婚姻が決まりまして、昨日よりヘルミオネへ向かわれたのですよ」
侍従長の言葉にインゼルは目を丸くする。
「……そうなんですか」
「そう遠くないうちに等身大の姫さまと皇子の披露宴が盛大に行われることでしょう。いやぁめでたいめでたい」
幼いころからリニフォニアのことを知る侍従長は心の底から嬉しそうにこのことを語っている。けれどインゼルは彼のように素直に喜ぶことができずにいる。
戸惑いながら城をあとにしたインゼルは納得のいかない表情で工房への帰路を辿る。賑やかな城下町に入っても、インゼルは顔をあげることができず、石畳を睨みつけるように歩くことしかできずにいる。
「どこ見てんだよ!」
何度かすれ違いざまにひととぶつかり、罵られながらも懐の財布だけは死守する。なかには途中で契約を終えることになったインゼルに与えられた給金が入っている……これを落としたらすべてが夢で終わってしまいそうな気がしたから。
「すいませ……」
慌てて顔をあげるが、すでにぶつかったひとの姿はなく、町はいつもと変わらない姿でそこにある。鼻孔にかすかに甘い香りが届き、インゼルはそこが色鮮やかな花々が並べられている花屋であることに気づく。
赤、白、ピンク、黄色、青……あおあおと茂った緑の葉を彩るように、春の悦びを告げる花々がそこにある。インゼルはそこで深紅の花を咲かせている鉢植えに付けられた札を見て、目を丸くする。
「――プリンセッサ、リニフォニア」
「兄さんきれいでしょう? この鬱金香はね、レンブラントの至宝と呼ばれるリニフォニア姫の名がつけられた品種なのよ。小ぶりでありながら上品で存在感ある深い紅が姫君の持つ雰囲気にぴったりなんですって」
あたしゃお目にかかったことなんかないけど、とからから笑いながら花屋の女房はインゼルに鬱金香の鉢植えをひとつひとつすすめていく。
「恋人へのプレゼントに贈るならこちらもおススメだよ。フリルのような純白の花弁が花嫁装束みたいだろ? あと、こっちのピンク色も小ぶりだけど人気で……」
「リニフォニアだけでいい」
ぺらぺらと喋る花屋にインゼルはきっぱりと言い放ち、財布から一枚の金貨を差し出す。
「ちょ……兄さん?」
「この店にあるリニフォニアの鉢植え、全部売ってくれ。金はこれで足りるだろ?」
おそるおそる金貨を手にした花屋は、こくりと頷くと、慌てて深紅の鉢植えだけを荷車へ積みはじめる。それを見て、インゼルは自嘲するように笑みを浮かべる。
――鬱金香の呪い、か。
あの花丈と同じくらいだったリニフォニアのことを想い、インゼルは深紅の花々を凝視する。ちいさくても気丈で、王家の誇りを保ちつづけた次期女王。彼女と同じ名を冠する花を、彼女は知っているのだろうか。いや、きっと知らないだろう。だからインゼルは決意する。
「荷車ごと買い取るよ。悪いね、この国の姫君を攫って」
冗談とは言い難いインゼルの言葉に、花屋の女房は絶句している。けれどインゼルは気にしない。
このままリニフォニアの鉢植えを持って、ヘルミオネへ行こう。
そして彼女が幸せな花嫁になれるのなら、お祝いにこの花を捧げよう、と。
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