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ちいさな城の住人と職人
しおりを挟むリニフォニア・メアル・レンブラントが生まれたときに、お祝いの挨拶に訪れた大魔女べルフルールは鬱金香の呪いを施したという。王が愛する娘で人形遊びをしたかったから。などというとんでもない理由で。
けれどべルフルールの野望は叶わず、その場で激昂した王によってあっさり処刑されてしまった。べルフルールが死ねば呪いなど簡単に解けると思っていた王は、それでも元のおおきさに戻らない娘を前に、絶望した。せめて解呪させてからべルフルールを処刑すればよかったものの、術を施した本人はすでに死んでいる。残ったのは大人の親指程度のおおきさにされたままの愛娘と、途方に暮れた王妃のみ。
自分も魔術師であるレンブラント王は国中の精霊を使って呪いを解こうと画策したが、精霊たちのちからを借りるだけではリニフォニアの呪いを解くことができなかった。大魔女の戯れに翻弄され疲労した王は、魔力が奪われていく現実に気づき、やがて政務を理由に引きこもってしまった。
それを見ていた王妃は、たとえちいさくなってしまっても自分の愛する娘だからと責任を放棄することなく、リニフォニアの世話をした。はたから見れば人形遊びに興じているとしか思われない王妃の行為だったが、おとなの親指程度のおおきさだった身体が鬱金香の花丈と同じくらいまで成長していくにつれ、城にはじょじょに活気が戻ってきた。
それでもリニフォニアがどんな容姿をした少女なのか、国民の多くは知らずにいる。
人形のように愛らしい姫君だが、大魔女に呪われたことで城の外に出ることが叶わないという情報と、あの王が解けずにいる彼女の呪いを解いた人間だけが次期女王の婿になれるという噂だけが、ここ数年、国内外を問わず、一人歩きをしているのだ。
「まさかほんとうにお人形サイズのお姫さまだなんて、思わなかったでしょう?」
くすくす笑うリニフォニアを前に、インゼルはむっつりした表情で応える。
「……そうだな」
あれからインゼルは毎日のようにレンブラント城を訪れ、リニフォニアが暮らすミニチュア城の修復につとめている。だが、天井が破れているとか床を虫に食われたなどの症状はないに等しく、どちらかといえば修復というより内装のリフォームと呼んだ方が適切なのではないかと思うのも事実だ。現にいまもインゼルは取り外した天井の生成り色の壁を絵筆で塗り替え、金箔をはっている最中で、リニフォニアとの会話を楽しむ余裕は見受けられない。
椅子に座って興味深そうに作業を見つめていたリニフォニアは、ぶっきらぼうなインゼルの肉刺だらけの器用な指先に視線を向け、瞳をまるくする。
「まるで魔法みたいね」
魔法という言葉にビクリと身体を震わせ、インゼルはキッとリニフォニアを睨みつける。
「魔法なんかじゃない」
「わかっているわ。だけど、あなたが金箔でこの天井に素晴らしい絵を刻んでくださるのを見ていると、ドキドキするの。不思議ね」
「不思議でもなんでもない。俺は職人なんだ」
魔術師じゃない。だから魔法は使えない。そう言っても、リニフォニアは魔法みたいだと言って、インゼルをことあるごとに褒めるのだ。褒められるのは、嬉しくないわけじゃない。けれど、その褒め方が問題なのだ。
「職人でも、すごいわ」
素直に感嘆するリニフォニアを見ていると、なぜかインゼルは苛立ってしまう。自分よりもすばらしい職人はやまほど存在する。たまたま師匠が酒の飲み過ぎで頭が痛かったから代理に立っただけの自分がこんな風に褒められるのは何かの間違いだ。それこそ魔法か何かをかけられて騙されているんじゃないか? とまで思ってしまう。
「……姫にとってみたら、なんでも魔法になるんだな」
「そう、かもしれないわね」
嫌味を嫌味だとも思わず、リニフォニアはこくりと頷く。人形のようにちいさな身体で、人間と同じように動く彼女は、たしかに誰からも愛される容姿をしている。
金糸雀色の波打つ髪に雪のように白い肌、そして煌めく翡翠色の瞳は新緑のように明るい。そして小鳥のさえずりのようなソプラノの声音は、インゼルの耳底に優しく届く。
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