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人形姫と専属技師
しおりを挟む城のなかに、城はあった。
姿形すべてが同じでありながら、大きさがまったく異なる、白亜の城が。
* * *
インゼルは王妃に連れられミニチュアの城の前へ屈みこむ。
大きさは厨房にある大鍋よりはおおきいものの、猫脚のバスタブよりはちいさく、円卓にちょうど乗るくらいだ。
「こちらですね」
確認を取り、手のひらよりひとまわりおおきな扉を軽く、指先で突っつくように叩く。
実在する扉より軽いものの、刻まれた薔薇蔦模様の精緻な扉は、突然の来訪者に驚いたかのように小気味良い音を立てる。それと同時に、鈴の鳴るような声が返ってくる。
「お母さま? いま、そちらへ向かいますね」
「ご心配なく。こちらからお伺いしますよ、リニフォニア姫」
そう言って、インゼルは持ち出してきた鉄製の箱から無骨な工具を取りだし、悪戯っぽく微笑む。
「多少、揺れるかもしれませんが我慢してくださいね」
そしてインゼルはちいさな城の屋根を、工具で外しはじめる。揺れると警告を与えていながら、インゼルは丁寧にネジまわしを使ってひとつひとつ部品を外しているから、思っているほどに城は揺れていない。その器用な手先を見て安心したのか、王妃はインゼルを残して部屋を出て行ったのだろう、キィと静かに扉が閉まる音が響く。
城の内部からその状況を目をまるくして見つめていた少女、リニフォニアはやがて取り外された天井からのぞいた青年に微笑みかけられ、顔を赤くする。
漆黒の髪と夜闇を彷彿させる紺碧の双眸に象牙色の肌。黄金の髪に翡翠色の瞳を持つリニフォニアにとってその容姿は印象的だ。
アッシュグレイの上下は作業服なのだろう、けれど彼が身につけているとまるで紳士服のように洗練されているように見える。
「……あの?」
「へぇ、クリスタルガラスのシャンデリアはビーズ細工で作られていたのか。何から何まで城のものと同じなんだな」
リニフォニアの姿を見つけ、インゼルはひょいと手のひらを差し出す。これはどういうことだろう? 首を傾げるリニフォニアに、インゼルはちっと舌打ちして言葉を紡ぐ。
「すこし城から出ていてくれるか? レンブラント家の人形姫」
有無を言わさぬ口調で、インゼルは手のひらに乗りそうな少女を摘み上げ、城から円卓の上へと放り出す。
「ひゃっ」
ドレスの裾を踏んづけて、リニフォニアはすてんとひっくり返る。それを見てインゼルはハァと溜め息をついて彼女の前へミニチュアの椅子を差し出す。
「まったく、師匠も厄介事押しつけやがって。人形の家の修繕なんかするより、雪崩で家を失った人間のためにつくる方が有意義だってのに……」
王妃がいなくなったのをいいことに、インゼルの口調はくだけている。椅子に腰かけたリニフォニアは不安そうにインゼルを見上げ、おそるおそる声をかける。
「もしかして、あなた」
「ようやく気づいたのか、人形姫。今日から俺がお前の専属技師、インゼルだ」
リニフォニアの前へネジまわしの切っ先を突き付け、インゼルは言い放つ。
「王妃に城の修繕を頼まれたから師匠に代わってここに来たんだ。なのに直すのは城じゃなくて城と同じ形をしたドールハウス! 俺のいまの気持ちがわかるか? 情けないったらありゃしない!」
きょとんとした表情で、リニフォニアは悔しそうなインゼルを見つめることしかできなかった。
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