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高校二年、初夏

―都大会決勝 九回の表の攻撃―

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 部室の大掃除。男ばかりの大所帯を、歩子さんと二人で片づけるのは至難の技だ。

「相変わらず汚いよね」

 そう言いながらも、楽しそうに作業をする歩子さん。料理をはじめとした家事全般が得意な彼女は誰が見ても「守ってあげたくなる女の子」だ。野球部の「おかあさん」的存在でもある。
 そんな彼女に淡い恋心を抱く部員もいる、が、彼女はみんなを平等に、大好きだと言っている。たとえそれが、あたしが想いを寄せているキャプテンの好意でさえも。
 汗くさい部室で歩子さんが窓を開けながら言った言葉が印象的だ。

「だって野球には、フェアプレイの精神があるんだよ」
「でも、恋愛はそうはいかないと思うけど」

 渋々あたしが意見すると、歩子さんは首を傾げて応える。

「晶ちゃんは、大勢に向ける愛を認めてくれないのかな?」
「そうなのかも……歩子さんみたいに、寛大じゃないから」

 そう言ったら、歩子さん、驚いた顔して反論した。

「違う。怖いだけなの。一人の人に固執して醜くなるのが嫌なのよ……だから、聖人君子なんかじゃなくて、単なる偽善者なの」

 その言葉は、あたしの心に深く残る。振り向いてくれないとわかっているのに、一人の人に固執してしまう自分の姿が重なる。

 ……しつこく追いかける姿は醜い?

 黙り込んだあたしを見て、歩子さんはいつもの微笑を浮かべて話を打ち切る。

「さてと、今日中に終わらせるわよ。この部屋の大掃除ッ」

 歩子さんが見せた微笑みは、決して偽善者のそれではなかった。


   * * *


 ムツゴローの第四打席。
 心臓が飛び出しそうな状態のあたしとは打って変わって冷静な彼。見ていると苛々してくる。
 初球、いきなりバットを当て、ファウル。

「あのヤロー、ここで打たなかったらぶん殴ってやる」

 怒りのやりばが見つからないので自分の拳をゴンゴンと地面に叩きつける。このまま続けていればやがて皮膚が剥がれて血が滲むだろう。それでもやめられなかった。

「晶ちゃんストップ」

 隣であたしの大人げない姿を呆然と眺めていた歩子さんが両手であたしの腕を掴む。

「止めないでください先輩ッ」
「止めるわよ。ムツゴローが晶ちゃんの為に打つんだから! しっかり打席を見てあげないでどうするのよ」

 思わず先輩、と口走ったあたしは、逆に宥められてしまう。
 その様子を見ていたキャプテンがひゅー、と口笛を鳴らす。

「青春だねぇ」

 もし、あの言葉を放ったのがムツゴローじゃなくてキャプテンだったら、あたしは素直に喜んだのだろうか?
 キャプテンと歩子さんが目線を合わせ、スマイル。二人は信じている。この後、物凄いドラマが待ち受けていることを……
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