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高校二年、初夏
―都大会決勝 試合開始前―
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新聞の地方欄に申し訳なさそうに載っている記事に目を通す。本日の対戦カードは都立青阪高校VS私立クレーマ学園。
「……問題は、クレーマの猛打線をコウキさんが押さえられるか、よね」
一生縁がないだろうと思っていた神宮球場の三塁側ベンチでグラウンド整備の様子を眺めながら、あたしは新聞を強く握りしめる。
くしゃりと小気味良い音が一瞬、響く。
* * *
試合開始十五分前。
適度な緊張感が球場内に漂っている。
夏の全国高校野球地区予選、北東京代表決勝戦。
……そう、これは都大会における決勝戦なのだ。優勝すれば、次は、甲子園。
「こまっちゃんが力んでどうするんだよ」
肩を強張らせているあたしの横で戸張キャプテンがおむすびを食べながら笑う。今年が最初で最後のチャンスだと割り切っているキャプテンは高校最後の夏を素直に楽しんでいるようだ。
あたしはキャプテンが手にしているおにぎりを見て、微笑む。あたしより一つ年上のマネージャー、歩子さんお手製の必勝おにぎりだ。あたしが憧れているキャプテンは歩子さんが好き。だからあたしは告白する前から失恋している。でも、二人のほのぼのした姿を見るのは嫌ではない。なかなか複雑な感情は試合前にも関わらずあたしの心のなかで渦を巻いている。
歩子さんは大会が始まってから試合前に選手たちに半強制的にお手製おにぎりを一個ずつ与えている。決勝までおにぎりを作る羽目に陥るとは思っていなかったのだろう、今では意地になってベンチに入りきらなかった部員たちのため、スタンドまでおにぎりを届ける始末。
野球部員計三十八人、そのうちベンチ入りした選手十二人、マネージャー二人……こうして考えてみると、決して多いとは言えないだろう、今日対戦するクレーマは部員が百人近いというのだから。
「あ、帰ってきた」
あたしと同じ濃紺ブレザーを着ている歩子さんが場違いなベンチに登場。
「晶ちゃん、いよいよだね」
あたしは頷く。腕時計に目をやる。一時十分前。
あたしの隣に腰掛けた歩子さんは小さく溜め息をつく。
「……ここまで、来ちゃった」
「ほんとだね」
いつも初戦で敗退していた青阪高校。それなのに今回はどういうわけか、決勝戦進出。
シード校を凌ぎ、百五十校以上が参加したトーナメントをどうにかかいくぐり、最後の二校のうちの一校に選ばれたのが未だに信じられない。
「やっぱりムツゴローの威力でしょ」
「……悔しいけど、そうかも」
ムツゴロー、こと陸奥新は、今年青阪高校野球部にやってきた十五歳のうら若き一年生である。後輩のくせにあたしのことをアキラと呼び捨てにしているところと、生意気にもユニフォームに似合わない長髪を晒しているところが気に食わないのだが、試合になると彼はここぞとばかり大活躍するのだ。そのため一年の中で唯一レギュラー入りを許された選手だ。
あたしと歩子さんで今までのハイライトを語り合うと、彼が口火を切った試合数の多いこと多いこと……話に夢中になっているうちに、時間が迫ってきていたみたいだ。
あたしと歩子さんがグラウンドに顔を向けると、既に準備が整っていた。
「行くぞ!」
キャプテンがナインに声をかけ、ベンチを飛び出す。
午後一時、プレイボール―――……
「……問題は、クレーマの猛打線をコウキさんが押さえられるか、よね」
一生縁がないだろうと思っていた神宮球場の三塁側ベンチでグラウンド整備の様子を眺めながら、あたしは新聞を強く握りしめる。
くしゃりと小気味良い音が一瞬、響く。
* * *
試合開始十五分前。
適度な緊張感が球場内に漂っている。
夏の全国高校野球地区予選、北東京代表決勝戦。
……そう、これは都大会における決勝戦なのだ。優勝すれば、次は、甲子園。
「こまっちゃんが力んでどうするんだよ」
肩を強張らせているあたしの横で戸張キャプテンがおむすびを食べながら笑う。今年が最初で最後のチャンスだと割り切っているキャプテンは高校最後の夏を素直に楽しんでいるようだ。
あたしはキャプテンが手にしているおにぎりを見て、微笑む。あたしより一つ年上のマネージャー、歩子さんお手製の必勝おにぎりだ。あたしが憧れているキャプテンは歩子さんが好き。だからあたしは告白する前から失恋している。でも、二人のほのぼのした姿を見るのは嫌ではない。なかなか複雑な感情は試合前にも関わらずあたしの心のなかで渦を巻いている。
歩子さんは大会が始まってから試合前に選手たちに半強制的にお手製おにぎりを一個ずつ与えている。決勝までおにぎりを作る羽目に陥るとは思っていなかったのだろう、今では意地になってベンチに入りきらなかった部員たちのため、スタンドまでおにぎりを届ける始末。
野球部員計三十八人、そのうちベンチ入りした選手十二人、マネージャー二人……こうして考えてみると、決して多いとは言えないだろう、今日対戦するクレーマは部員が百人近いというのだから。
「あ、帰ってきた」
あたしと同じ濃紺ブレザーを着ている歩子さんが場違いなベンチに登場。
「晶ちゃん、いよいよだね」
あたしは頷く。腕時計に目をやる。一時十分前。
あたしの隣に腰掛けた歩子さんは小さく溜め息をつく。
「……ここまで、来ちゃった」
「ほんとだね」
いつも初戦で敗退していた青阪高校。それなのに今回はどういうわけか、決勝戦進出。
シード校を凌ぎ、百五十校以上が参加したトーナメントをどうにかかいくぐり、最後の二校のうちの一校に選ばれたのが未だに信じられない。
「やっぱりムツゴローの威力でしょ」
「……悔しいけど、そうかも」
ムツゴロー、こと陸奥新は、今年青阪高校野球部にやってきた十五歳のうら若き一年生である。後輩のくせにあたしのことをアキラと呼び捨てにしているところと、生意気にもユニフォームに似合わない長髪を晒しているところが気に食わないのだが、試合になると彼はここぞとばかり大活躍するのだ。そのため一年の中で唯一レギュラー入りを許された選手だ。
あたしと歩子さんで今までのハイライトを語り合うと、彼が口火を切った試合数の多いこと多いこと……話に夢中になっているうちに、時間が迫ってきていたみたいだ。
あたしと歩子さんがグラウンドに顔を向けると、既に準備が整っていた。
「行くぞ!」
キャプテンがナインに声をかけ、ベンチを飛び出す。
午後一時、プレイボール―――……
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