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chapter,7 Naha → Tokyo
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* * *
「……やめ、て。たす、けて……カナ……ト」
「マツリカ、マツリカ! もう、大丈夫だ、大丈夫だから……」
先ほどまで感じていた男性のおぞましい体の重みと針の先のチクっとした痛みが消えていた。
警察、という声が緊迫した空間に轟く。
マイルは警官に身柄を取り押さえられていた。
違法薬物所持がどうのこうのと罪状を並べられて、そのままマツリカの見えないところに連れていかれてしまった。
「あ、ぁ……」
「マツリカ、落ち着いて」
さっきまで見ていたのは悪い夢? 義弟が自分にクスリを打って強引に己のモノにしようとしていたなんて。
混乱するあたまをぶんぶん振りながら、マツリカは彼女を抱き起こしてくれたぬくもりに溺れる。そしてカナトの腕のなかにいることに気づき、ハッと意識を浮上させる。瞳をひらけばそこにはブラックダイヤモンドの煌めき。けれど愛しい彼の表情はどこか曇っていた。
「カナト……?」
「助けに来るのが遅くなってごめん」
「ううん。あたしの方こそ……よかった、注射器の中身が身体に入る前で」
「あれは?」
「あたしのなかからカナトの記憶を消すクスリだって」
白いベッドシーツに転がっている注射器のなかには禍々しい色をした液体が入ったままだ。
マツリカの口から出た「記憶を消すクスリ」という非現実的な言葉にカナトは渋い顔になる。
嘘かほんとうかはわからないが、国内で認可されていない違法薬物であることは事実のようだ。神経系に影響する物質がつかわれているのかもしれない。せいぜい一時的に意識を混濁させ記憶を捏造するとか、覚せい剤のような成分で快楽を増長させて強引に彼女を自分のモノとして縛りつけるとか、そういう意味合いで「マツリカのなかからカナトの記憶を消す」とマイルは口にしたのだろう。
どっちにしろそういった薬物の解析は自分の仕事ではない。カナトは注射器を尾田にひょいと渡し、警察のところへ持っていくよう指示をする。
さきほどまでの喧騒はあっという間になくなり、部屋にはカナトと下着姿のマツリカだけが残された。
「――俺の記憶、忘れてないよな」
「あたりまえじゃない! 待ってたんだから」
どうやら、注射器のなかの薬液は彼女の体内への侵入を免れたようだ。すこしだけ針の先がふれたというが、肌に注射痕もできている様子もない。マツリカの腕を撫でながらホッとしたカナトの表情は、強張っていたそれからようやくもとの穏やかなものに戻る。
「カナトとの思い出、もう、忘れたりしない……たとえクスリを盛られても、ぜったい、忘れないんだから」
マツリカは彼を安心させるようにぎゅっと抱きしめる。けれどもその手が震えていることにカナトは気づいている。義弟が罪を犯していたことのショックは計り知れないだろう。ましてや自分を性的な目で見てクスリをつかってモノにしようとしていたのだから。一歩遅ければ彼女がはだかに剥かれて貪られている現場に遭遇したことになるのだ。ゾッとしないわけがない。
「よかった……怖い目にあわせてごめん。こんなにもマイルが思い詰めていたなんて」
いまのカナトは義弟に無理やり身体を奪われそうになっていたマツリカを甘やかして癒すことを第一に考えている。そっと顔を寄せれば、当然のように唇を突き出してくる。啄むような口づけを繰り返す。何度も、何度も。
「――あたしの方こそごめんなさい。もっとお義父さんとちゃんと連絡をとっていればこんなことにはならなかったのに……」
義父にも例の薬物を使用して会社を思いのままにしていたのだというマイルの言葉をマツリカが伝えれば、カナトは黙り込んでしまう。
「カナト?」
「そのことだけど……俺がどうにかする。結婚の報告と一緒にマツリカのお義父さんに運営を立て直していいか直談判する。今後、社長の逮捕でキャッスルシーの残された上層部と話し合う必要があるだろ?」
「で、でも」
「最終的に若き海運王はライバル会社を吸収合併する悪者になるかもしれないね。まぁ、俺としては社長令嬢と円満な結婚をしてむしろグループ傘下に置ければと考えていたんだけど」
「……カナト、彼方どこまで考えていたの?」
まさかマイルの運営手腕が危ういことを見越していたときから、カナトはキャッスルシーを自分の手中に収めようと考えていたのだろうか。
マツリカの呆気にとられた表情を面白がるように、カナトは悪戯っぽくつぶやく。まさかマイルが犯罪に手を染めて自滅するとは思わなかったけれど。
「貴女と結婚するためなら、手段を選ばない。それだけのことさ」
「……やめ、て。たす、けて……カナ……ト」
「マツリカ、マツリカ! もう、大丈夫だ、大丈夫だから……」
先ほどまで感じていた男性のおぞましい体の重みと針の先のチクっとした痛みが消えていた。
警察、という声が緊迫した空間に轟く。
マイルは警官に身柄を取り押さえられていた。
違法薬物所持がどうのこうのと罪状を並べられて、そのままマツリカの見えないところに連れていかれてしまった。
「あ、ぁ……」
「マツリカ、落ち着いて」
さっきまで見ていたのは悪い夢? 義弟が自分にクスリを打って強引に己のモノにしようとしていたなんて。
混乱するあたまをぶんぶん振りながら、マツリカは彼女を抱き起こしてくれたぬくもりに溺れる。そしてカナトの腕のなかにいることに気づき、ハッと意識を浮上させる。瞳をひらけばそこにはブラックダイヤモンドの煌めき。けれど愛しい彼の表情はどこか曇っていた。
「カナト……?」
「助けに来るのが遅くなってごめん」
「ううん。あたしの方こそ……よかった、注射器の中身が身体に入る前で」
「あれは?」
「あたしのなかからカナトの記憶を消すクスリだって」
白いベッドシーツに転がっている注射器のなかには禍々しい色をした液体が入ったままだ。
マツリカの口から出た「記憶を消すクスリ」という非現実的な言葉にカナトは渋い顔になる。
嘘かほんとうかはわからないが、国内で認可されていない違法薬物であることは事実のようだ。神経系に影響する物質がつかわれているのかもしれない。せいぜい一時的に意識を混濁させ記憶を捏造するとか、覚せい剤のような成分で快楽を増長させて強引に彼女を自分のモノとして縛りつけるとか、そういう意味合いで「マツリカのなかからカナトの記憶を消す」とマイルは口にしたのだろう。
どっちにしろそういった薬物の解析は自分の仕事ではない。カナトは注射器を尾田にひょいと渡し、警察のところへ持っていくよう指示をする。
さきほどまでの喧騒はあっという間になくなり、部屋にはカナトと下着姿のマツリカだけが残された。
「――俺の記憶、忘れてないよな」
「あたりまえじゃない! 待ってたんだから」
どうやら、注射器のなかの薬液は彼女の体内への侵入を免れたようだ。すこしだけ針の先がふれたというが、肌に注射痕もできている様子もない。マツリカの腕を撫でながらホッとしたカナトの表情は、強張っていたそれからようやくもとの穏やかなものに戻る。
「カナトとの思い出、もう、忘れたりしない……たとえクスリを盛られても、ぜったい、忘れないんだから」
マツリカは彼を安心させるようにぎゅっと抱きしめる。けれどもその手が震えていることにカナトは気づいている。義弟が罪を犯していたことのショックは計り知れないだろう。ましてや自分を性的な目で見てクスリをつかってモノにしようとしていたのだから。一歩遅ければ彼女がはだかに剥かれて貪られている現場に遭遇したことになるのだ。ゾッとしないわけがない。
「よかった……怖い目にあわせてごめん。こんなにもマイルが思い詰めていたなんて」
いまのカナトは義弟に無理やり身体を奪われそうになっていたマツリカを甘やかして癒すことを第一に考えている。そっと顔を寄せれば、当然のように唇を突き出してくる。啄むような口づけを繰り返す。何度も、何度も。
「――あたしの方こそごめんなさい。もっとお義父さんとちゃんと連絡をとっていればこんなことにはならなかったのに……」
義父にも例の薬物を使用して会社を思いのままにしていたのだというマイルの言葉をマツリカが伝えれば、カナトは黙り込んでしまう。
「カナト?」
「そのことだけど……俺がどうにかする。結婚の報告と一緒にマツリカのお義父さんに運営を立て直していいか直談判する。今後、社長の逮捕でキャッスルシーの残された上層部と話し合う必要があるだろ?」
「で、でも」
「最終的に若き海運王はライバル会社を吸収合併する悪者になるかもしれないね。まぁ、俺としては社長令嬢と円満な結婚をしてむしろグループ傘下に置ければと考えていたんだけど」
「……カナト、彼方どこまで考えていたの?」
まさかマイルの運営手腕が危ういことを見越していたときから、カナトはキャッスルシーを自分の手中に収めようと考えていたのだろうか。
マツリカの呆気にとられた表情を面白がるように、カナトは悪戯っぽくつぶやく。まさかマイルが犯罪に手を染めて自滅するとは思わなかったけれど。
「貴女と結婚するためなら、手段を選ばない。それだけのことさ」
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(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
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○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
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