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chapter,6 Pulau Bali
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若き海運王の初恋をこのままにしておくことはできないと、彼らは陰で動き、支えあっていたのだろう。彼が求める女性の所在を見守りながら、いつか誤解をといて約束を遂げさせる、そのために。
「マツリカ、指輪の裏側を見てごらん」
「Dear, my festival flower……これ、あたしのこと?」
「お守りのサファイアだったらしい。伊瀬はもしかしたらこの指輪を身に着けていなかったから事故にあったのかもしれない、なんて非現実的なことを言っていたが」
「そんなわけないじゃない。あれは不運な事故だって、ハワイで仰木さんもおっしゃってたもの」
「――納得、してくれたのか?」
「この指輪を手渡されて、あのはなしをされたら……信じるしかないじゃない」
ベッドの上に散らされた五色の花。祭祀の花を見下ろしながら、マツリカは苦笑する。my festival flower……マツリカの名前の由来となった五色の花、そしてそのなかの純白のジャスミンから、父は自分をサンスクリット語で茉莉花を意味する“マリカー”と呼んでいたのだ。
いつも海のうえで仕事をしていた航海士は、彼女の瞳の色と同じサファイアの指輪に彼女の名前を刻み、常に身に付けていたのだろう。まさか、カナトにひょいと渡すとは思わなかったけれど……
「たぶん、遺品にこの指輪がなかったこともお母さんを失望させた原因なんじゃないかな。海に落ちてなくなったかどさくさに紛れて盗まれたか……あたしにはなにも言わなかったけれど、この指輪にはきっとお母さんへの想いも込められていたと思うんだ。だから……死んだお母さんも、きっと向こうでバパに逢って誤解を解いていると信じたいな」
大海原を閉じ込めたかのようなサファイアは彼女の指には大きすぎるが、カナトはひょいと手に取り、マツリカの左手首を反対の手で掴む。驚く彼女にすっと指輪を見せれば、なにをしようとしているのか理解したマツリカはカッと顔を赤らめる。
「――クリスマスにプロポーズする予定だったけど、今夜にする。マツリカ、俺と」
ぶかぶかの指輪がマツリカの左手薬指にすとん、と入る。
思わず落とさないように、カナトが両手で彼女の左手を指輪ごと握りしめ。
祈るように。
言葉を紡ぐ。
「結婚してほしい」
* * *
カナトの情熱的な求婚に、マツリカはぽろりと涙をこぼしていた。
死んだ父親のことを知りたいという彼女の願いをクルーズのあいだに解き明かし、遺品となるサファイアの指輪から自分の名前の真実まで教えてくれたカナト。
専属コンシェルジュなんて恋人のふり、クルーズが終わるまでの女除けだ、そう言い訳していたのに、いつのまにか惹かれてしまった。だって彼には初恋のひとがいて、年明けの東京で待っていると思っていたのに、彼が求めていた初恋の女性はまさかの自分のことだったのだから。
死んだ父親に申し訳ないから結婚には応じられないと頑なになっていた自分を、必死になって求愛しつづけてくれたカナト。神々の島バリで、ふたりきりのクリスマスイブを迎える前夜に、思い余ってプロポーズしてしまった彼に、マツリカは泣き笑いの表情を浮かべる。
「……こんなことされたら、もう、拒めないよぉ」
首肯する彼女を見て、カナトは嬉しそうにあたまを屈める。
そしてそのまま、蕩けるようなやさしい、キスをした。
「マツリカ、指輪の裏側を見てごらん」
「Dear, my festival flower……これ、あたしのこと?」
「お守りのサファイアだったらしい。伊瀬はもしかしたらこの指輪を身に着けていなかったから事故にあったのかもしれない、なんて非現実的なことを言っていたが」
「そんなわけないじゃない。あれは不運な事故だって、ハワイで仰木さんもおっしゃってたもの」
「――納得、してくれたのか?」
「この指輪を手渡されて、あのはなしをされたら……信じるしかないじゃない」
ベッドの上に散らされた五色の花。祭祀の花を見下ろしながら、マツリカは苦笑する。my festival flower……マツリカの名前の由来となった五色の花、そしてそのなかの純白のジャスミンから、父は自分をサンスクリット語で茉莉花を意味する“マリカー”と呼んでいたのだ。
いつも海のうえで仕事をしていた航海士は、彼女の瞳の色と同じサファイアの指輪に彼女の名前を刻み、常に身に付けていたのだろう。まさか、カナトにひょいと渡すとは思わなかったけれど……
「たぶん、遺品にこの指輪がなかったこともお母さんを失望させた原因なんじゃないかな。海に落ちてなくなったかどさくさに紛れて盗まれたか……あたしにはなにも言わなかったけれど、この指輪にはきっとお母さんへの想いも込められていたと思うんだ。だから……死んだお母さんも、きっと向こうでバパに逢って誤解を解いていると信じたいな」
大海原を閉じ込めたかのようなサファイアは彼女の指には大きすぎるが、カナトはひょいと手に取り、マツリカの左手首を反対の手で掴む。驚く彼女にすっと指輪を見せれば、なにをしようとしているのか理解したマツリカはカッと顔を赤らめる。
「――クリスマスにプロポーズする予定だったけど、今夜にする。マツリカ、俺と」
ぶかぶかの指輪がマツリカの左手薬指にすとん、と入る。
思わず落とさないように、カナトが両手で彼女の左手を指輪ごと握りしめ。
祈るように。
言葉を紡ぐ。
「結婚してほしい」
* * *
カナトの情熱的な求婚に、マツリカはぽろりと涙をこぼしていた。
死んだ父親のことを知りたいという彼女の願いをクルーズのあいだに解き明かし、遺品となるサファイアの指輪から自分の名前の真実まで教えてくれたカナト。
専属コンシェルジュなんて恋人のふり、クルーズが終わるまでの女除けだ、そう言い訳していたのに、いつのまにか惹かれてしまった。だって彼には初恋のひとがいて、年明けの東京で待っていると思っていたのに、彼が求めていた初恋の女性はまさかの自分のことだったのだから。
死んだ父親に申し訳ないから結婚には応じられないと頑なになっていた自分を、必死になって求愛しつづけてくれたカナト。神々の島バリで、ふたりきりのクリスマスイブを迎える前夜に、思い余ってプロポーズしてしまった彼に、マツリカは泣き笑いの表情を浮かべる。
「……こんなことされたら、もう、拒めないよぉ」
首肯する彼女を見て、カナトは嬉しそうにあたまを屈める。
そしてそのまま、蕩けるようなやさしい、キスをした。
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