若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい

ささゆき細雪

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chapter,6 Pulau Bali

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 クリスマスイブ前日のディナーはバリの伝統的な食事だった。スパイスとキャッサバの葉などの野菜を詰めた豚を串に刺し、炭火のうえで回しながらローストしたバビグリン。白米と一緒にスパイシーなチキンや色とりどりの野菜などをピリ辛のソース、サンバルマタで味付けしたバリ風チキンライスことナシアヤムやナシチャンプル。付け合わせには万能食材の豆腐タフでつくられた春巻きのようなもの。ジンバラン湾で採れた海老や蟹などのシーフードグリルも出てきて、デザートの米粉とココナッツのケーキであるパンチョンがでてきた頃にはお腹がいっぱいになってしまった。

「船のなかで食べる料理も美味しいけど、現地の料理もいいものだね」
「カナトはなんでも美味しそうに食べるよね」
「だって美味しいじゃないか。ちなみに明日はクリスマスの特別ディナーを注文したからお楽しみに」
「もう……」

 点在するヴィラはひとつの場所でしっかりと管理されており、料理はそこから運ばれてくる。現地のシェフがその日に手に入った食材で調理するため、決まったメニューは存在していないというが、客のリクエストには律儀に応えてくれるのだという。チキンかシーフードをつかった料理になりそうだね、とふたりで明日の献立を予測しながら、穏やかな夜を迎える。

「今夜はここで寝るの? ベッドがひとつだけだけど」
「ハゴロモでは一緒のベッドで何度も寝ているじゃないか」
「あそこのベッドはキングサイズじゃない」

 豪華客船ハゴロモのプライベートスイートルームにあるベッドは家族で寝てもスペースがありあまるほどのキングサイズだが、このヴィラにあるベッドはかろうじておとなふたりが横になれる程度の、こぢんまりとしたものだ。どちらかといえばソファに近いかもしれない。
 けれど、清潔なベッドには真っ白なシーツがかけられ、そのうえには色とりどりの花が散らされている。真っ赤なバラに、象牙色と淡黄色のちいさな木蓮のような花、黄色いイランイランと純白のジャスミン……

 ――なんだか、新婚旅行の初夜みたい、な……?

「クムクマンの花たちだ」
「クムクマン?」
「バリではおなじみの祭祀につかわれる五色の花の総称だよ……そうか、そういうことか!」
「カナト?」
「貴女の名前がなぜ“祭の花”なのかが、ようやく理解できたよ。ナガタニは、クムクマンの花とジャスミンの呼び名をかけて“マツリカ”と名付けたんだ」
「バパが……」

 カナトの言葉で、幼い頃の記憶が蘇る。
 毎日島のどこかしらで祭祀が行われているバリ。マツリカが家族で訪れたその日は「バニュ・ピナルーの日」だった。現地の言葉でバニュは「水」、ピナルーは「知恵」を意味するのだとか。幼いマツリカは意味を知ることもなく、両親にすすめられるがままティルタ・エンプル寺院で湧き出る水でマンディという水浴びをしたのだ。

 ――常に水の流れのように絶えない知恵を授かるように。

 そのうえ、水浴びのあとに儀式のためにつかわれる花がたっぷり入った聖水をあたまからかけられた。心地よい香りに包まれて悪いものがすべて洗い流されたかのようだった。
 常夏の国だから風邪をひくことはないけれど、ターメリックで炊いたナシクニンご飯をみんなで食べるまでに身体中にへばりついた花びらがなかなか取れなかったっけ……
 そうだ。その儀式のためにつかわれる花たちの名前が「クムクマン」。

「薔薇、イランイラン、黄色と白のチュンパカに、ジャスミン……五色の花、祭祀の花」
「ちなみにジャスミンはサンスクリット語で“マリカー”と呼ぶ」
「カナト、どうしてそのこと……」
「あれから調べたんだ。貴女のことをすべて知りたくて。ナガタニが愛した貴女を俺も愛したくて」

 そして、彼の手から差し出されたのは。
 海の色を閉じ込めたかのような紺碧のサファイアの指輪、だった。
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