上 下
55 / 77
chapter,5 Australia

+ 5 +

しおりを挟む
   * * *


「わあ……! ここが船のうえだなんて信じられない」
「さすがハゴロモだな」

 カナトに連れられてプレミアムスイートルームのバルコニーから外階段をのぼったマツリカは、船上の巨大プールを前に歓声をあげる。泳ぐことは嫌いじゃない。小さい頃は毎日のように海で泳いで過ごしていたから……けれど、海で泳いだ記憶はどこかちぐはぐしていて、完全には思い出せない。
 おそるおそるプールサイドに腰かけて、マツリカは足をいれる。ゆうらりと水面が波立つ。そのまま腰を落とせばちゃぷん、と小さな水音が周囲に響く。カナトはその様子をどこか楽しそうに見つめている。

「冷たっ……」
「水のなかに入った気分はどうかな? 俺の人魚姫」
「人魚なんかじゃないよ、あたし……っ」

 ――あれ、なんだかこんなやりとり、ずいぶんむかしに誰かとしたような……?

「十五年前。俺がはじめて貴女を見つけたとき……貴女は楽しそうにシンガポールの海で泳いでいた。まるで人魚のように」

 困惑するマツリカを追い詰めるように、カナトの声が内耳に届く。
 いつの間にか彼もプールのなかに身体を沈めて、マツリカの近くまですいすいと泳いできた。人魚のようだと言っているカナトの方がフォームが綺麗だと感じたマツリカだが、彼はマツリカのことを「俺の人魚姫」なんて呼ぶ。
 上半身はだかの彼の姿を見たのは、マツリカが彼専属のコンシェルジュとして傍で生活するようになった日以来だ。船のなかでも時間があればジムで汗を流していることもあり、彼の肉体はほどよく引き締まっている。海上で長期の任務に赴いていた経験もあるから、体力には自信があるのだろう。プールの水滴を弾く胸板を前に、マツリカは赤面する。

「カナト」
「青い目の人魚に俺は魅入られた……覗き込みたいと思った」

 両肩を抱かれて、そのまま漆黒の双眸に見つめられたマツリカは、思わず瞳をとじてしまう。
 カナトが瞳をとじたマツリカの顎に手をかけ、そのまま唇を重ねていく。

「ン――……?」
「気がついた? 船のなかでは水は貴重だから、プールの水は汲み上げた海水を循環させて利用しているんだよ」
「だからほんのりしょっぱいのね」
「塩辛いキスは嫌い?」

 カナトの茶化すような問いかけに、マツリカは既視感デジャ・ヴを抱く。

 十五年前。シンガポール。夏。海水浴。
 自分が泳ぐ姿を人魚みたいと口にしてくれたお兄さん。
 しょっぱい記憶。溺れた人魚は「彼」が助けてくれた。バパじゃなくて。
 それからふたりで見に行った、「とっておきの場所」。
 夕暮れとともにライトアップされたタンカービュー。
 その、ロマンチックな情景は「誰」と一緒に見たんだっけ……?
 そして「彼」はマツリカに何か大切な言葉をくれた気がする。
 それが嬉しくて、マツリカは素直に頷いたのだ。大切な約束。
 ――しょっぱいキスとともに。

「!?」
「マツリカ?」
「……思い出した、かも」

 スコールが降ったあとの夕暮れ時。実父に連れられてふだん行かない海水浴場に行って、無様に溺れたマツリカは、そのとき近くにいたハイスクールのお兄さんに助けてもらったと思っていた。はなしをきいたら自分とふたつみっつしか年齢が離れてなくて、しかも彼の正体は……

Anakアカ rajaラジャ perkapalanパカパラィ――あのときの海運王の息子、よね?」
「世の中にそんなにたくさん海運王の息子がいたらたまったもんじゃないよ」
「アッ」

 マツリカの肩を抱いていた彼の手がしゅるりと下へおりていく。水着越しに胸元のラインをくすぐられて、思わず甘い声をあげるマツリカを見つめながら、彼は容赦なく肩紐を落として、隠れていたふたつの果実を外へ出す。まろびでた乳房を両手で抱え込んで、プールのなかで揉みこめば、信じられないとマツリカが顔を真っ赤にしながら声をあげる。

「ンっ、カナト……ここ外ッ」
「俺とマツリカだけのプライベートプールだよ。誰も邪魔しない」
「で、でもぉ」
「ぜんぶ思い出してくれるまでこの手は止めないから」
「そんなっ……アンっ、ダメぇ」
「身体は嫌がってないよ」

 容赦なく指先で乳首を捻り、尖端を膨らませたカナトは、そのまま顔を寄せてちろちろと舌で敏感な場所をくすぐっていく。プールにはいった状態で水着を半分脱がされたマツリカは、甘い刺激に翻弄されながら、幼い頃の記憶を掘り起こしていく。海運王の息子と交わした約束は、なんだっけ……?
 いつしか彼の手は胸だけでなく下半身にも伸びていた。水着の生地越しに足の付け根に指がふれた瞬間、敏感な場所が擦れて痺れるような快感が沸き上がる。
 視界が真っ白に染まり、脳髄まで電流が走るかのような絶頂。同時に、閉じられていた記憶の蓋が開きだす。脳裡に流れ込んでくる映像を再生しながら、ガクガク足を震わせて達した彼女はカナトに身体を委ね、荒い息を吐いていた。

「あのとき、俺が貴女に言ったこと、覚えてる?」
「け、結婚、しよ……って」
「正解」

 ほんのり塩辛いプールのなかで、強制的に身体を暴かれ彼に抱き抱えられた状態で快楽を与えられたマツリカは、カナトに求められるがまま、しょっぱくなった唇を差し出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

離縁の脅威、恐怖の日々

月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。 ※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。 ※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

処理中です...