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chapter,4 New Zealand

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「知ってますよ。尾田はもともと台湾マフィアの一員でしたから。王氏が彼を拾ったのを面白がった正路さまが引き取ったんですよ」
「そうだったのか」
「カナトさまとマツリカさまが仲良くしているのを王氏は内心で面白くないと思っているんでしょうね」

 伊瀬のひとことに、カナトが目をまるくする。王氏はマツリカをカナトの専属コンシェルジュとして見ていたが、恋人同士のように過ごしているのを目撃したことで何か察したきらいがある。初恋のはなしを持ち出したのはマツリカがカナトの唯一の相手だと確認したかったからだと思うのだが、そのことを伊瀬に伝えたところで彼は素直に頷きそうにない。

「だ、だからといってわざわざ俺とマツリカをはなればなれにしてはなすことか?」
「言いましたよね。あまり彼女に入れこまないでくださいって」
「言ったか?」
「クルーズのあいだはおふたりを見守ると言いましたが、クルーズが終わったら彼女は他人に戻るんですよ」
「そんなことさせない。彼女は俺の永遠の恋人になるんだ」

 豪華客船ハゴロモでの南太平洋クルーズも半分を過ぎた十一月下旬。ニュージーランドでデートらしい観光をしたカナトとマツリカだったが、恋人契約を結んで一か月が経過したところでお目付け役の伊瀬が苦言を呈してきた。彼女を束縛しすぎだと、いくらオーナー権限で周りの人間を黙らせることができるからといって、所有物のように彼女を連れまわす姿はいただけないと。
 いま、彼女は懇意になった王夫妻と船内シアターの映画を観に行っている。カナトも同伴したかったが、仕事が溜まっているのを伊瀬に見咎められて渋々護衛にまかせて部屋に籠っているところである。

「彼女はクルーズのあいだは俺の傍にいることを是としている。当事者ふたりが問題ないのなら構わないだろう?」
「だからですよ。いままで女性を侍らせることのなかった彼方がひとりの女性に入れこんでいる。はたから見ると若き海運王が悪女に騙されているように見えるんです。きっと王氏もそのことを危惧してらしたと思いますよ」
「悪女?」
「彼女はライバル企業キャッスルシーの元社長令嬢で現社長の義姉でもあるんです。スパイの疑惑があるという噂も払拭されておりません。いまはカナトさまの気まぐれで見初められた新人コンシェルジュということで周囲は渋々受け入れている感じですが、彼女がカナトさまの妻の座についたら、なんと言われるか」
「……伊瀬は反対しているのか?」
「いいえ、心配しているだけです」

 ニュージーランド南島のミルフォードサウンドの絶景を眺められるフィヨルドクルージングを経て、豪華客船ハゴロモはタスマン海へ乗り出した。船はこのままオーストラリアへ向かい、シドニー、メルボルン、パースなどの主要都市を訪れることになっている。カナトの「とっておきの場所」はまだたくさんある。この旅程でどれだけ彼女に紹介できるだろうか。
 それなのに、幼い頃からカナトを知るこの男は、水を差すような言動をいまになってとりはじめる。

「ナガタニの死に疑問を持っている彼女が素直にカナトさまと添い遂げる未来が見えないだけです」
「――何か知っているのか? あのとき、俺とマツリカを差し置いて仕事のはなしがしたいと彼とふたりで姿を消したお前は……」
「よく覚えてらっしゃる。さすがカナトさま。記憶力だけは無駄にある」

 くくく、と嗤う伊瀬はカナトの射殺すような視線を前にしても動じることなく言葉を紡ぐ。

「シンガポールの現地法人で一等航海士として働いていたナガタニは、親元である鳥海の――彼方の父上のやり方に口を挟んできたんですよ。理路整然とした若者の指摘に激昂した正路さまはその年の冬にアフリカ沖を航海するケミカルタンカーの乗船者として彼を指名し、法人の上層部は急遽彼をメンバーに追加することになったのです。その件でわたくしは彼から形式上の抗議を受けていたのです。ひとまず納得はしていただけましたけど」
「……待て。それでは事故当時、彼の名前がなかったのは」
「法人側のミスでしょうね。作為的なものではありませんよ」

 つまりそもそも乗る予定のなかったケミカルタンカーに乗せられたナガタニは、乗船者名簿に名前を登録することを忘れたまま事故に遭遇、遺体があがるまで認知されることもなかったということだ。事情を知る人間がずっと傍にいたというのに気づけなかったカナトは愕然とする。

「なぜ教えてくれなかった!?」
「わたくしが彼女にお伝えしたところで納得していただける自信がありませんでしたので。それに、カナトさまの父上が彼を死地へ追いやったことは事実です。それなのに彼は運悪く荒天で事故を起こした船舶の被害を最小限に抑え込んだ……そのうえ流出した油を最小限に食い止められたのはナガタニのおかげだという証言すらあります。ゆえに、彼の奥方に渡された金は口止め料でもありました」

 鳥海の失態を隠した彼のことを知った奥方が鳥海海運というおおきな組織に不信感を抱いたのは自然なことだと伊瀬はため息をつく。マツリカの母がその金を持ってキャッスルシーの創設者である城崎清一郎の後妻になったのは事故から二年後の春だ。

「キザキとナガタニは海洋大学の先輩後輩の間柄です。事故後にキザキの方から残されたナガタニの妻子へ連絡が来たものと考えられます」
「そこまで調べはついていたのか」
「ええ。とっくに」
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