49 / 77
chapter,4 New Zealand
+ 10 +
しおりを挟む「知ってますよ。尾田はもともと台湾マフィアの一員でしたから。王氏が彼を拾ったのを面白がった正路さまが引き取ったんですよ」
「そうだったのか」
「カナトさまとマツリカさまが仲良くしているのを王氏は内心で面白くないと思っているんでしょうね」
伊瀬のひとことに、カナトが目をまるくする。王氏はマツリカをカナトの専属コンシェルジュとして見ていたが、恋人同士のように過ごしているのを目撃したことで何か察したきらいがある。初恋のはなしを持ち出したのはマツリカがカナトの唯一の相手だと確認したかったからだと思うのだが、そのことを伊瀬に伝えたところで彼は素直に頷きそうにない。
「だ、だからといってわざわざ俺とマツリカをはなればなれにしてはなすことか?」
「言いましたよね。あまり彼女に入れこまないでくださいって」
「言ったか?」
「クルーズのあいだはおふたりを見守ると言いましたが、クルーズが終わったら彼女は他人に戻るんですよ」
「そんなことさせない。彼女は俺の永遠の恋人になるんだ」
豪華客船ハゴロモでの南太平洋クルーズも半分を過ぎた十一月下旬。ニュージーランドでデートらしい観光をしたカナトとマツリカだったが、恋人契約を結んで一か月が経過したところでお目付け役の伊瀬が苦言を呈してきた。彼女を束縛しすぎだと、いくらオーナー権限で周りの人間を黙らせることができるからといって、所有物のように彼女を連れまわす姿はいただけないと。
いま、彼女は懇意になった王夫妻と船内シアターの映画を観に行っている。カナトも同伴したかったが、仕事が溜まっているのを伊瀬に見咎められて渋々護衛にまかせて部屋に籠っているところである。
「彼女はクルーズのあいだは俺の傍にいることを是としている。当事者ふたりが問題ないのなら構わないだろう?」
「だからですよ。いままで女性を侍らせることのなかった彼方がひとりの女性に入れこんでいる。はたから見ると若き海運王が悪女に騙されているように見えるんです。きっと王氏もそのことを危惧してらしたと思いますよ」
「悪女?」
「彼女はライバル企業キャッスルシーの元社長令嬢で現社長の義姉でもあるんです。スパイの疑惑があるという噂も払拭されておりません。いまはカナトさまの気まぐれで見初められた新人コンシェルジュということで周囲は渋々受け入れている感じですが、彼女がカナトさまの妻の座についたら、なんと言われるか」
「……伊瀬は反対しているのか?」
「いいえ、心配しているだけです」
ニュージーランド南島のミルフォードサウンドの絶景を眺められるフィヨルドクルージングを経て、豪華客船ハゴロモはタスマン海へ乗り出した。船はこのままオーストラリアへ向かい、シドニー、メルボルン、パースなどの主要都市を訪れることになっている。カナトの「とっておきの場所」はまだたくさんある。この旅程でどれだけ彼女に紹介できるだろうか。
それなのに、幼い頃からカナトを知るこの男は、水を差すような言動をいまになってとりはじめる。
「ナガタニの死に疑問を持っている彼女が素直にカナトさまと添い遂げる未来が見えないだけです」
「――何か知っているのか? あのとき、俺とマツリカを差し置いて仕事のはなしがしたいと彼とふたりで姿を消したお前は……」
「よく覚えてらっしゃる。さすがカナトさま。記憶力だけは無駄にある」
くくく、と嗤う伊瀬はカナトの射殺すような視線を前にしても動じることなく言葉を紡ぐ。
「シンガポールの現地法人で一等航海士として働いていたナガタニは、親元である鳥海の――彼方の父上のやり方に口を挟んできたんですよ。理路整然とした若者の指摘に激昂した正路さまはその年の冬にアフリカ沖を航海するケミカルタンカーの乗船者として彼を指名し、法人の上層部は急遽彼をメンバーに追加することになったのです。その件でわたくしは彼から形式上の抗議を受けていたのです。ひとまず納得はしていただけましたけど」
「……待て。それでは事故当時、彼の名前がなかったのは」
「法人側のミスでしょうね。作為的なものではありませんよ」
つまりそもそも乗る予定のなかったケミカルタンカーに乗せられたナガタニは、乗船者名簿に名前を登録することを忘れたまま事故に遭遇、遺体があがるまで認知されることもなかったということだ。事情を知る人間がずっと傍にいたというのに気づけなかったカナトは愕然とする。
「なぜ教えてくれなかった!?」
「わたくしが彼女にお伝えしたところで納得していただける自信がありませんでしたので。それに、カナトさまの父上が彼を死地へ追いやったことは事実です。それなのに彼は運悪く荒天で事故を起こした船舶の被害を最小限に抑え込んだ……そのうえ流出した油を最小限に食い止められたのはナガタニのおかげだという証言すらあります。ゆえに、彼の奥方に渡された金は口止め料でもありました」
鳥海の失態を隠した彼のことを知った奥方が鳥海海運というおおきな組織に不信感を抱いたのは自然なことだと伊瀬はため息をつく。マツリカの母がその金を持ってキャッスルシーの創設者である城崎清一郎の後妻になったのは事故から二年後の春だ。
「キザキとナガタニは海洋大学の先輩後輩の間柄です。事故後にキザキの方から残されたナガタニの妻子へ連絡が来たものと考えられます」
「そこまで調べはついていたのか」
「ええ。とっくに」
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
隠れ御曹司の愛に絡めとられて
海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた――
彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。
古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。
仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!?
チャラい男はお断り!
けれども彼の作る料理はどれも絶品で……
超大手商社 秘書課勤務
野村 亜矢(のむら あや)
29歳
特技:迷子
×
飲食店勤務(ホスト?)
名も知らぬ男
24歳
特技:家事?
「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて
もう逃げられない――
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。
絶対に離婚届に判なんて押さないからな」
既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。
まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。
紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転!
純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。
離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。
それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。
このままでは紘希の弱点になる。
わかっているけれど……。
瑞木純華
みずきすみか
28
イベントデザイン部係長
姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点
おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち
後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない
恋に関しては夢見がち
×
矢崎紘希
やざきひろき
28
営業部課長
一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長
サバサバした爽やかくん
実体は押しが強くて粘着質
秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?
離縁の脅威、恐怖の日々
月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。
※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。
※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる