若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい

ささゆき細雪

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chapter,4 New Zealand

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   * * *


 翌日も絶好の観光日和だった。
 十一月のニュージーランドは秋から冬へと向かう日本とは異なり、春から夏へと向かっている。過ごしやすい気候もあって、ハゴロモの乗客たちも自由行動というだけあってあちこちに散らばっていた。
 そのなかでマツリカはカナトに案内され、「とっておきの場所」を共有している。

「桜……?」

 オークランドにあるフォーガンシャン寺院。仏教寺院としてはニュージーランド最大の寺院というだけあって、おおきな仏像が奥に安置されていた。ふわりと漂う線香の香りが郷愁を誘う。
 カナトによるとここは中国台湾仏教における寺院なのだという。整えられた立派な庭園を散策していれば、いたるところでいまが見頃の八重桜がふたりを迎えてくれる。

「街路樹として植えられている桜は台湾桜が多いけど、この寺院の桜は日本の八重桜なんだ。間に合ってよかった」
「すごいね、八重桜の並木道……」

 ニュージーランドの桜は九月から早咲きのものが咲きはじめ、遅咲きのものが十一月まで楽しめる。日本や台湾と友好都市を結んでいる街も多いため、友好の証として桜の木があちこちに植えられており、花見の文化もあるんだとか。
 薄いピンク色の手鞠のような八重桜のなかには、小さな風鈴がたくさんぶら下がっている木もあった。七夕の短冊のように願い事がかかれた祈りの風鈴がシャラシャラと風に揺られて涼やかな音を鳴らしている。

「マツリカは願い事を書くとしたら、なんて書く?」
「……無事にクルーズが終わりますように」
「終わったら、どうするつもり?」
「どうするも何も、東京で正月休みを過ごしたらすぐにアメリカに戻って仕事よ」
「そうか」
「カナトは?」

 満開の八重桜の祈りの風鈴が鳴る木のしたで、マツリカが立ち止まって首を傾げる。今日の彼女はカナトとハゴロモのショッピングモールで選んだ黒い紗の涼やかなドレスを着ている。桜が咲くなかで見る上品な彼女の姿はまるで黒揚羽のようだ。
 その可憐な蝶々のような愛らしさに、カナトは思わず息をのむ。

「……このクルーズが終わっても、マツリカが俺の傍で笑ってくれますように」
「無理よ」
「無理なものか」

 即答する憎らしいマツリカの顎を掬い、カナトは当然のように唇を奪う。彼女は拒まなかった。
 風に散らされた桜の花びらが、ふたりのうえをひらひらと舞っている。

「ああ。このまま時間が止まってしまえばいいのに」

 それは、どちらが先に口にした言葉だろう。
 いや、違う。
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