上 下
17 / 77
chapter,2 Los Angeles → Hawaii

+ 2 +

しおりを挟む
   * * *


 十月二十八日午後六時。
 ハロウィンシーズンのアメリカ、ロサンジェルスロングビーチから南太平洋の島々をめぐり海上で南国風クリスマスを過ごし、日本でお正月を迎えるというスペシャルなクルーズが満を持してスタートした。
 出港したばかりの豪華客船『羽衣 ―hagoromo―』には七百名を超える乗客と五百人ちかい乗組員が乗船している。そのうちの多くが到着地である東京で正月休みを過ごすリタイアした日本人夫婦やアメリカ人の富裕層だ。日本語がはなせるスタッフとしてマツリカはミユキとともにレセプションを担当し、二十四時間体制で交代しながらあわただしく働いていた。

「……なんだか思っていたよりもバタバタしますね」
「そりゃあ、船のなかに七百名のお客様が乗ってらっしゃるんですもの、ひとりひとりの要望に応えていくとなるとかなり労力つかうわよ」

 げんざい船はアメリカ合衆国カウアイ島ナウィリウィリを通過、明日にはオアフ島に寄港するという。ハワイのなかでも日本人旅行者が群を抜いて多い州都ホノルルで、船から降りた乗客はそれぞれ観光を楽しむことになるだろう。
 控え室のカレンダーはすでに黄色い銀杏並木の写真が全面に出ている十一月のものになっているが、ハゴロモから見るいまの海の姿は常夏の青さをたたえていた。
 これが仕事でなければマツリカも船から降りてハワイ観光に興じていただろう。

「ロサンジェルスからハワイまで船でも十日かからないんですね」
「いまのところ天候にも恵まれているからね。ハワイを抜けたら仏領ポリネシアに入るから、いよいよ南太平洋クルージングがはじまるわよ」

 ハゴロモ内部の案内図を事前に暗記していたマツリカだが、実際に乗客を案内するのは別のスタッフの仕事だ。基本的に担当する時間にレセプションのデスク前で立ったまま問い合わせに応じ、ほかに手が空いているスタッフに案件をまわす形になる。そのため、就航から一週間ちかくが経過するもののマツリカはいまだに船内を散策する暇もなく、スタッフルームとレセプションデスクの往復をしているだけなのであった。

 ――そういえばあのときの男のひともハゴロモに乗って東京に向かうって言ってたけど、ぜんぜん顔を見てない……

 前泊のホテルの部屋を取り損ねたマツリカにその場でスイートルームを手配してくれた男性ヒト。彼のおかげでマツリカは前日の夜に慌てることなく英気を養うことができた。
 商談を終えてこのハゴロモに乗ってゆっくり船旅を満喫しながら東京に向かうと言っていた彼はいったい何者なのだろう。この豪華客船に乗ることができるだけの財力を持っているということだからきっと若手の実業家か、どこかの社長令息か……

「キザキちゃん、あのあと西島さんからなにか聞いた?」
「お忍びでいらしてる鳥海の海運王についてですか?」

 ミユキから話題を振られて思わず食いつくように声をあげてしまったマツリカを見て、彼女はくすくす笑う。

「やっぱりこの船のオーナーともなるとわたしたちみたいな下っぱとはかかわりたくないのかしらね。総支配人がいうにはプレミアムスイートがある最上階で優雅に過ごしてるみたいよ」
「ぷれみあむすいーと……」

 まさしく天上人だなあとマツリカはため息をつく。やはりそう簡単には近づけないということか。
 十五年前に起きた事故の真相について知る絶好の機会だと思っていたが、クルーズがはじまってすでに十日ちかく経過している。残り二ヶ月、なにもしないでいるわけにはいかない。

「だけどさすがに寄港地に到着したら、観光くらいするでしょうね」
「!」

 そうか、向こうから外に出てくる機会を狙えばいいのかとミユキの言葉でハッとしたマツリカは、慌てて濃紺の制服の胸ポケットから手帳を取りだし、スケジュールを確認する。

「ホノルルでの自由時間は約八時間。そのあいだ添乗員のシフトは?」
「運が良ければ昼休憩込みで三時間くらい自由になれるはずよ。どうしたの急にウキウキしだして」
「いえ、鳥海さまが観光を希望されるなら、補助する形でご同行できないかな、って」

 鳥海海運の頂点にいる海運王、鳥海正路はすでに齢八十近い高齢者だ。この航海に臨む際に総支配人をはじめ船長や陸上職のスタッフなどが神経を尖らせて準備していたのを見ていたマツリカは彼が観光のために船を降りる際に接触できないかと考えたのである。
 だが、ミユキのこたえは思いがけないものだった。

「そんな必要ないわよ。けっきょく船に乗ったのは高齢の父親じゃなくて若き海運王の方だから。噂だと女性をとっかえひっかえしてるっていうから、観光も女友達とワイワイしながらするんじゃない?」

 いいわねボンボンって、とうんざりした表情のミユキを前にマツリカは硬直する。

「鳥海の若き海運王?」
「そ。かつて海運王の息子と呼ばれた――鳥海叶途よ」


 ――カナト? その名前、どこかで。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

とろけるような、キスをして。

青花美来
恋愛
従姉妹の結婚式のため、七年ぶりに地元に帰ってきた私が再会したのは。 高校の頃の教師である、深山先生だった。

【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。

真守 輪
恋愛
年下の恋人を持つ図書館司書のわたし。 地味でメンヘラなわたしに対して、高校生の恋人は顔も頭もイイが、嫉妬深くて性格と愛情表現が歪みまくっている。 ドSな彼に振り回されるわたしの日常。でも、そんな関係も長くは続かない。わたしたちの関係が、彼の学校に知られた時、わたしは断罪されるから……。 イラスト提供 千里さま

初恋は溺愛で。〈一夜だけのはずが、遊び人を卒業して平凡な私と恋をするそうです〉

濘-NEI-
恋愛
友人の授かり婚により、ルームシェアを続けられなくなった香澄は、独りぼっちの寂しさを誤魔化すように一人で食事に行った店で、イケオジと出会って甘い一夜を過ごす。 一晩限りのオトナの夜が忘れならない中、従姉妹のツテで決まった引越し先に、再会するはずもない彼が居て、奇妙な同居が始まる予感! ◆Rシーンには※印 ヒーロー視点には⭐︎印をつけておきます ◎この作品はエブリスタさん、pixivさんでも公開しています

とろける程の甘美な溺愛に心乱されて~契約結婚でつむぐ本当の愛~

けいこ
恋愛
「絶対に後悔させない。今夜だけは俺に全てを委ねて」 燃えるような一夜に、私は、身も心も蕩けてしまった。 だけど、大学を卒業した記念に『最後の思い出』を作ろうなんて、あなたにとって、相手は誰でも良かったんだよね? 私には、大好きな人との最初で最後の一夜だったのに… そして、あなたは海の向こうへと旅立った。 それから3年の時が過ぎ、私は再びあなたに出会う。 忘れたくても忘れられなかった人と。 持ちかけられた契約結婚に戸惑いながらも、私はあなたにどんどん甘やかされてゆく… 姉や友人とぶつかりながらも、本当の愛がどこにあるのかを見つけたいと願う。 自分に全く自信の無いこんな私にも、幸せは待っていてくれますか? ホテル リベルテ 鳳条グループ 御曹司 鳳条 龍聖 25歳 × 外車販売「AYAI」受付 桜木 琴音 25歳

あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~

けいこ
恋愛
密かに想いを寄せていたあなたとのとろけるような一夜の出来事。 好きになってはいけない人とわかっていたのに… 夢のような時間がくれたこの大切な命。 保育士の仕事を懸命に頑張りながら、可愛い我が子の子育てに、1人で奔走する毎日。 なのに突然、あなたは私の前に現れた。 忘れようとしても決して忘れることなんて出来なかった、そんな愛おしい人との偶然の再会。 私の運命は… ここからまた大きく動き出す。 九条グループ御曹司 副社長 九条 慶都(くじょう けいと) 31歳 × 化粧品メーカー itidouの長女 保育士 一堂 彩葉(いちどう いろは) 25歳

二人の甘い夜は終わらない

藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい* 年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

処理中です...