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chapter,1 New York
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船上コンシェルジュとして海上職勤務となったマツリカにとって、今回の長期間クルーズはいままでにない規模のものになる。
そもそもコンシェルジュとはフランス語で「アパルトマンの管理人」という意味を持つ。語源となるフランス語の意味は「門番」「守衛」「万人」とされており英語圏でも当たり前のように使用されているが、時代とともに言葉の解釈が深まりいつしか「総合世話係」として定着していく。日本でもホテルコンシェルジュやマンションコンシェルジュなどという役職が一般的になっており、マツリカの会社でもクルーズの添乗員のことをコンシェルジュという名称で統一している。
「とはいえ豪華客船の壁みたいなものだからね、そう力まなくても大丈夫だって」
「ミユキ先輩は何度か世界一周クルーズに随行した経験があるからそう言えるんです! あたし初めてなんですよ。入社一年目でこんな無茶ぶりされるなんて思わなかったんですけどっ」
「歩く自動翻訳機が何言ってるの。乗客と円滑なコミュニケーションを取りながら心地よい空間を演出するのが我々何でも屋、コンシェルジュの仕事じゃない」
「でもぉ」
「このあいだの九泊十日のクルーズだって滞りなく周航できたじゃない。あんな感じよ」
「でも、十日のクルーズができたからっていきなり七十日のクルーズに格上げされたらびっくりすると思うんですけど」
「そのぶんスタッフも大勢いるんだし、ひとりであれこれ頑張らなくてもいいって考えなさいな。せっかくリニューアル後のハゴロモに乗船できるんだもの、楽しまなくちゃ」
ね、と微笑みかけられてマツリカも渋々頷く。これがふつうのクルーズなら問題なかっただろう。
だが、マツリカはふれてしまったのだ。鳥海の海運王がVIPとしてハゴロモに乗船するという極秘情報に。
「……そうですね」
ミユキには言えないマツリカの事情を知っているのは西島だけだ。ケミカルタンカー事故の遺族であるマツリカにとって、鳥海のトップと顔を合わせることは憂鬱でしかない。いまさら事故の真相をきけるとも思えないし、ライバル会社の男と再婚した娘がこんなところで働いていると知らされたところで無視されるだけだろう。それでもマツリカはこの機会を逃したくない。
――あのときのナガタニの娘です、ってアッと言わせてやりたい。バパを使い捨ての駒だと思っていたのなら、それくらいしないと……
復讐と呼ぶにはささやかな、けれども複雑な気持ちを胸に秘めて、マツリカは次の航海へ向けた準備をはじめる――……
船上コンシェルジュとして海上職勤務となったマツリカにとって、今回の長期間クルーズはいままでにない規模のものになる。
そもそもコンシェルジュとはフランス語で「アパルトマンの管理人」という意味を持つ。語源となるフランス語の意味は「門番」「守衛」「万人」とされており英語圏でも当たり前のように使用されているが、時代とともに言葉の解釈が深まりいつしか「総合世話係」として定着していく。日本でもホテルコンシェルジュやマンションコンシェルジュなどという役職が一般的になっており、マツリカの会社でもクルーズの添乗員のことをコンシェルジュという名称で統一している。
「とはいえ豪華客船の壁みたいなものだからね、そう力まなくても大丈夫だって」
「ミユキ先輩は何度か世界一周クルーズに随行した経験があるからそう言えるんです! あたし初めてなんですよ。入社一年目でこんな無茶ぶりされるなんて思わなかったんですけどっ」
「歩く自動翻訳機が何言ってるの。乗客と円滑なコミュニケーションを取りながら心地よい空間を演出するのが我々何でも屋、コンシェルジュの仕事じゃない」
「でもぉ」
「このあいだの九泊十日のクルーズだって滞りなく周航できたじゃない。あんな感じよ」
「でも、十日のクルーズができたからっていきなり七十日のクルーズに格上げされたらびっくりすると思うんですけど」
「そのぶんスタッフも大勢いるんだし、ひとりであれこれ頑張らなくてもいいって考えなさいな。せっかくリニューアル後のハゴロモに乗船できるんだもの、楽しまなくちゃ」
ね、と微笑みかけられてマツリカも渋々頷く。これがふつうのクルーズなら問題なかっただろう。
だが、マツリカはふれてしまったのだ。鳥海の海運王がVIPとしてハゴロモに乗船するという極秘情報に。
「……そうですね」
ミユキには言えないマツリカの事情を知っているのは西島だけだ。ケミカルタンカー事故の遺族であるマツリカにとって、鳥海のトップと顔を合わせることは憂鬱でしかない。いまさら事故の真相をきけるとも思えないし、ライバル会社の男と再婚した娘がこんなところで働いていると知らされたところで無視されるだけだろう。それでもマツリカはこの機会を逃したくない。
――あのときのナガタニの娘です、ってアッと言わせてやりたい。バパを使い捨ての駒だと思っていたのなら、それくらいしないと……
復讐と呼ぶにはささやかな、けれども複雑な気持ちを胸に秘めて、マツリカは次の航海へ向けた準備をはじめる――……
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