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第一章

17話『女王の客人』

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蛇に睨まれた蛙。
窓の外に居た724歳……もとい、セリーヌさんと目が合ったときの心境はまさしくそれであった。

私はぴい、と変な悲鳴を上げて席を立つ。「お釣りはいりません!」と金貨1枚をウエイトレスさんに渡し、バタバタ店を出ようとして。

びたん!

足元に発生した強い風に引っ掛かり、顔面から盛大に転んだ。うぐぐ……いつぞやと同じパターンである。

「あいっかわらずどんくさいわね」
「うう……」

強かに打った鼻を押さえセリーヌさんを見上げる。以前会ったときと違い、冬仕様の装いだった。

体にぴったりと沿った白い毛皮の服がよく似合う。長いお耳は毛糸の帽子にすっぽりと隠れていたが、でんと突き出た胸部のみ何故か露出度が高かった。腹立つ。

「あ、あの……何でこの国に?」
「あたし?ギルドの依頼よ」

……ギルドの依頼って、女王様にも届くものなのか。
驚きが顔に出ていたらしく、セリーヌさんは苦笑した。

「まあ普段は受けないけどね。今回はちょっと深刻そうだったから」

深刻……?と新たに疑問が湧いたが、セリーヌさんの近くにいることで周りの視線を集めまくっていることに気付いてはたと口を閉じた。

「た、大変ですね。依頼、頑張って下さい。それじゃ……」
「ちょーっと待ちなさい」

脇をすり抜けようとした私の手を取り、そのまま店の壁に押し付けるセリーヌさん。
いわゆる壁ドンというやつである。周りからきゃあだのうおおだの黄色い悲鳴が響いた。

「……あたし、お腹空いてるのよねえ」

色気たっぷりに見下ろされる。な、何だこの状況。

私が男だったら願ったり叶ったりの桃色展開なのだろうが、目の前にあるたわわなおっぱいを見たところで女の私は腹しか立たない。

「ここの店美味しかったですよ?」
「かっわいくないわね。あんたに作って欲しいってお願いしてんじゃないの」

舌打ちし、身を離すセリーヌさん。アレ(壁ドン)ってお願いしてるつもりだったのか。

「作って欲しいって言ったって、私道具も何も持ってませんよ。キッチンもないし……」
「大丈夫よ、私これでもこの国の貴賓扱いされてるから」

……何が大丈夫なんだ?
眉をひそめる私の手を握ったまま、セリーヌさんは揚々と歩み始める。

「ど、どこ行くんです」
「あそこよ。滞在中貸してもらってるあたしの部屋、キッチンもお風呂もついてるの」

そう言いつつセリーヌさんが指差したのは、丘の上にそびえ立つ神殿であった。

(……あ、あそこって一般人が入っていいのかな)

そもそも料理を作ることを承諾していないのだが、がっちり捕まれた手はどうもがいても離せない。
私は抵抗を諦め、がっくり肩を落としつつセリーヌさんと神殿に向かったのであった。


******


「すごい人だかり……」

神殿に近付くにつれ、急激に高くなっていく人口密度に辟易する。確かに立派な神殿だが、こんな大行列を作ってまで礼拝しようとするものなのだろうか。

「仕方ないわよ、もうすぐ降神祭だもの」
「降神祭……」

セリーヌさんの説明によると、エレクタムでは女神が世界を作ったとされる日を降神祭と定め毎年大規模なお祭が開かれているのだそうな。

「その祭のメインイベントが、巫女の体に女神の御霊を降ろす儀式でね。普段その巫女は神殿の最上階に居るらしいんだけど、降神祭の日だけ礼拝堂に降りてくるそうよ」
「く、詳しいですね?」
「神官たちから耳にたこができるほど説明されるんだもの」

人間の宗教なんざ興味ないってのに、とため息をつくセリーヌさん。

「貴賓扱いはまあ、やぶさかじゃないけど。石造りの建物は落ち着かないしさっさと依頼終わらせて帰りたいわ」
「依頼って、そう言えば何だったんですか?」

エルフの女王をわざわざ呼びつけるような依頼とは何だろうと単純な疑問を問う私に、セリーヌさんはひらひら手を振って答えた。

「ポーション作りと霊薬の素材提供、ついでに希少植物の株分けよ。大陸レベルでポーションが足りないって話だったから、女王である私が出向くことになったってわけ」
「あ……そういえば」

先日立ち寄ったリューヒルド村でもそんな話を聞いたような気がする。

「リマ王国のほうからも依頼は来てたんだけど、王都は人間同士の利権争いがめんどくさくてね。公正な取引をしてるエレクタムのほうの依頼を受けたけど……」

こっちはこっちで神殿のしきたりを守らないといけなかったりで、割とめんどくさいらしい。

ぼやきながらも人間のためにポーション作りを手伝ってくれているセリーヌさんを内心見直す私。初対面でフルボッコにされたが、根はいい人なのかもしれない。

「……うげ」

丘を登りきった先、神殿の門に到着したところでセリーヌさんが変な声を上げる。
彼女の視線の先には、一人の神官が立っていた。

「あ……」

見覚えのある姿に、思わず声が漏れる。
彼は真っ直ぐセリーヌさんに歩み寄ると、

「どこに行っていたんですか?」

にこやかな笑顔で開口一番そう問いかけた。
……なんとも言えない迫力がある。私はごくりと息を呑んだ。

「買い物よ、なんか文句あるわけ?」

はん、とふんぞり返るセリーヌさんの心臓にはきっと毛が生えているに違いない。

「神殿を出る際には私に御一報いただきますよう再三お願い申し上げたはずですが」

彼は眼鏡のふちを指先で上げ、一言一句噛んで含めるように言葉を続けた。

「依頼を受けていただいたことは感謝しておりますが、神殿には神殿のしきたりというものが御座います。エルフの女王様には寛大な御心でそれを受け入れていただきたいとかしこみかしこみお頼み申しあげておりますが」
「………うぐ」
「説明が分かりにくかったでしょうか?もしくは私が知らぬうちに貴女様に非礼を?そうであるならば私の不徳と致すところでありましょうが、矮小な人間とどうか憐れみを――」
「あああもうっ、悪かったわよ!」

一ミリも動かない笑顔のままグイグイ凄まれ、流石のセリーヌさんも降参した。この人すごい。

「次からはちゃんと許可とるわよ!それでいいんでしょ!」
「ええ。よろしくお願いいたします」

今度は威圧感のない笑顔でにっこりと微笑む。外柔内剛という言葉は彼のためにあるのだろうと思った。

「……おや、貴女は」

ふとこちらに視線を移し、目を丸くする神官。私は「どうも」と会釈をした。

「何よ、知り合い?」

こちらも意外そうに目を瞬かせるセリーヌさん。

「知り合いっていうか、町でちょっとぶつかりそうになって……」
「その節は失礼しました。神殿から消えた誰か様を探し回って、気が急いておりましたもので」

ちくりと刺された嫌味に、セリーヌさんはさっと視線を反らす。

「もしやどこか痛み出しましたか?」
「いえその、違うんです。ここに来たのは……」

私は何と説明したものかとセリーヌさんを振り返った。

「ああ、この子あたしの客人なの。部屋に通したいんだけど」
「……客人、ですか」

少しだけ神官の顔が曇った。

「大変申し訳ないのですが、神殿には高位の神官や巫女、特別な国賓しか入ることが出来ず……」

まあ、そうだろうなとは思った。
むしろ体よく断る口実が出来たと内心小躍りしていると……

「この子、『勇者』よ」

――――セリーヌさんが爆弾発言をかました。

硬直する神官と、「ちょおおおお!!?」とエキサイトする私。

「せせせセリーヌさん!い、いきなり何を……!?」
「国賓どころかこの子フェリオで最重要人物だもの。神殿に入っても問題ないでしょ?」

なんという爆弾を落としてくれるのだこの人は!?ぽかぽかとセリーヌさんを叩くも、片腕であしらわれた。ぐぬぬ……!

「……それは真ですか」
「誓って真実よ。エルフは人間と違って嘘なんかつかないわ」

念押しするような神官の言葉に、セリーヌさんは彼の目を真っ直ぐに見据えて頷いた。

「……分かりました。ご案内致します」

ややあって、彼は狼狽している私に一礼して神殿の門を開けた。


(…………)


目が合った一瞬、彼の瞳が冷たい刃物のように光って見えたのは気のせいだっただろうか。


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