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第一章
9話『みんな大好きバーベキューバーガー』
しおりを挟む作るものは決まっていた。
美味しくて且つ、楽しめる料理。これが今回のコンセプトである。
レシピを秘密にしたいというお願いのもと一人にしてもらった厨房で、私はさっそく召喚スクロールを広げ食材と道具を呼び出すことにした。
「ひき肉と卵と牛乳と……フォアグラも買おっかな。あとは野菜……」
この町で見かけた畑や家畜から察するに、こちらの世界の食材は私の知っているものと似ていた。鶏や豚、キャベツらしきものにトマトらしきものエトセトラエトセトラ…
さすがに品種改良を重ねた日本の食材とは違い原種に近い感じではあったが、極端に違うものはなさそうだったので安心した。夕食の材料が異世界感丸出しだとメアリーちゃんやアルフレッドさんたちもびっくりしてしまうだろうし。
「よし、これで全部かな」
メモを書き終え、くるりとスクロールを巻き込む。さあ、夕食作りスタートだ。
塩と胡椒をひき肉に振りかけ、粘りが出るまでよく練り込こむ。
粘りが出てきたら牛乳、卵、コンソメ少々を入れて。最後にブラックペッパーとフォアグラのパテを隠し味として混ぜ込めばタネは完成だ。
それを平たい丸の形に整え、膨らみ過ぎないよう気を付けながら焼いていく。焼き上がったらウスターとケチャップを混ぜたソースの中に漬け込んで、と。それを何回も繰り返す。
「あとは……」
味の違いを楽しめるよう、上からかけるほうのソースは何種類か作っておこう。タルタルソース、アボガドソース、サルサソース、あとは定番のマスタードソース。
それとしゃきしゃきのレタス。これは外せない。トマト、スライスチーズ、お好みでフライドオニオンやピクルスも用意してっと。
これで仕込みのほとんどは完成した。
ふと窓を見ると、陽がやや傾いている。
時刻としては四時頃だろうか、夕食まではもう少し時間がありそうだ。
私はエプロンを外し、もうひとつの『仕込み』の相談のためにアルフレッドさんと町長さんのもとへ向かった。
******
「いいにおい……」
宿に充満する香りに、メアリーは小さな鼻をひくひくと動かした。
ここは町長の宿の最上階、町で一番上等な部屋である。
公爵令嬢のメアリーにとっては簡素な設えの部屋だったが、今の彼女は部屋の造りなどよりも夕食への期待で心がいっぱいだった。
どこへ行っても「首切り公爵の娘」と陰口を叩かれ勝手に恐れられ、友達もいない。戦地周りに忙しい父は屋敷を空けることが多くメアリーはいつも一人ぼっちだった。
暇潰しに近隣の町を巡って領民を脅かすことがいつしか彼女の暗い喜びになり、今日もそのつもりで町に出向いたが……
「あんな人が、いたなんて」
メアリーはうっとりとため息をつき、下の食堂で夕食の仕込みをしているであろう女性を思い浮かべる。
眼鏡をかけた、旅人風の女性。自分をみて恐がらないところがまず好印象だった。
加えて、彼女の作ったあれは素晴らしすぎた。しっとりと甘い林檎に、さくさくの生地……たしかアップルパイというのだったか。
公爵令嬢である自分が食べてきたどんなものより美味しいそれを、あっという間に作ってみせたのだ。
そんな彼女が作ってくれる夕食はいったいどんなものだろう。漂ってくる匂いだけでこんなにも自分をわくわくさせるとは……
「……それにしても、なんだかうるさいわね」
先程からずっと外が騒がしい。
眉をひそめながらメアリーが窓を開けると、眼下に沢山の人だかりが見えた。
「な、なにごと……?」
思わず口をぽかんと空けてそれを見下ろしていると、宿の庭で何かの準備をしているらしいあの女性と目があった。
笑って手を振る彼女に、ほわりと心が溶けそうになる。
(い……いや、このわたしにきがるに手をふるなんて、ふ、ふけいよ。わたしはこころがひろいから、ゆるしてあげるけど。ふ、ふん)
なぜか熱くなった頬をしばらくぱたぱたと冷ましていると、部屋の入り口からノックが聞こえた。
「は、はいりなさい」
何とか体裁を整え入室の許可をすると、そこにはさっきまで庭にいたはずの彼女がいた。
肩で息をしているところを見ると、下から全力で駆けてきたようだ。おっとりした外見とは裏腹の行動力に目を白黒させていると、
「メアリーちゃん、お待たせ。夕御飯できたよ」
その女性は当たり前のようにメアリーに手を差し出してきた。まるで年の離れた妹にそうするように。
「あ……あう」
「?どうしたの、まだお腹すいてなかったかな?」
「!す、すいてるわ!」
「よかった。それじゃ行こう」
女性は眼鏡越しに優しく微笑んで、メアリーの手を簡単に引いていく。メアリーは顔を真っ赤にして激高しかけたが、繋いだその手がなぜだかとても心地よくて、結局何も言えなかった。
庭に着くと、沢山の人々がひしめき合っていた。
行商風の者や家族連れの旅人たち。彼らは庭に拵えられた野外用の竈を囲み、めいめい皿のようなものを持って楽しそうに談笑している。
周りには色とりどりの天幕が張り巡らされており、たくさんの花が飾られていた。
夕暮れの日差しも相まって、異国情緒たっぷりの雰囲気が出来上がっている。
「こ、これは……?」
「ようこそ、メアリーちゃん。お腹一杯になるまで食べてね!」
女性はにこにことお皿とフォークを差し出してきた。
「……?ま、まさかこのわたしに野外でしょくじしろっていうの!?こ、こんなながれものたちと…」
「そんなこと言わないで、メアリーちゃん。今日のご飯はね、みんなと食べてこそ美味しくなる料理なんだよ」
ちょっと寂しそうに彼女が微笑むものだから、メアリーはうぐ、と言葉に詰まる。
なぜだかこの人に逆らえない。メアリーは不承不承ながらも皿を受け取った。
「お姉ちゃん、この人だあれ?」
「きれいなドレス!おひめさまみたーい!」
旅人の連れらしい子どもたちが、わらわらと寄ってくる。メアリーはびっくりして皿を取り落としそうになった。旅人や行商人など馬車から見下ろすばかりで、こんなに接近して話したことがなかったからだ。
「メアリーちゃんっていうのよ。みんな仲良くしてね」
「ちょっ、な!なんでそんなきやすく……!」
女性の気軽すぎる言葉に目を剥いたが、子どもたちは持ち前の無邪気さでメアリーに群がった。
「わあい、なかよくしよう!」
「ねえねえメアリーちゃん、こっちきて!」
「あのね、すっごくおいしいのがあるんだよ!」
わあわあと子どもたちに引っ張られ、メアリーは何やらくすぐったい気持ちになる。こんな風に同年代の子たちに囲まれて話すなど初めてのことであった。
子どもたちが連れてきてくれたのは、庭の一角。
そこには簡易的な竈が組まれ、その上でジュウジュウと何かが焼かれていた。
「おじさん、この子にもそれちょうだい!」
「あ……」
いい匂いのするそれを焼いていたのはアルフレッドだった。彼はメアリーを見て僅かに目を細める。
「どうぞ、お嬢様」
「あ……ありがとう」
皿の上に乗せられたのは、薄く丸い肉のパティだった。焼き立てのそれは表面に絡めたソースと共に何とも言えない良い香りを放ち、メアリーの食欲をこれでもかと刺激する。思わずごくりと唾を飲むと、
「まって、メアリーちゃん!それね、もっとおいしくなるんだよ!」
子どもたちが満面の笑顔でメアリーに教えてくれた。
彼らが次に案内したのは、隣にある大きめの台である。その上に並べられた皿や器には輪切りのトマトや葉もの野菜、色とりどりのソースが並んでいる。
「このパンにね、やさいとそおすをはさむの!」
「そおすはね、いろんな味があってね、ぜんぶおいしいんだよ!」
「バーベキューバーガーっていうんだって!」
子どもたちに促されるままパンに先程のパティを乗せ、トマトとチーズ、オレンジ色のソースを慣れない手つきで組み合わせていくメアリー。
野外で手掴みの食事などメアリーにとっては生まれて初めてのことで躊躇われたが、周りの子どもたちのキラキラした目に囲まれ、ええいと意を決して手元のそれにかぶりついた。
「………………!!!!」
瞬間、メアリーの目がまん丸に見開かれる。
彼女の作るものに間違いはないと確信はしていた。していたが、これは……
「おいしい……!!」
もう、その言葉しか出ない。
味がよく染み込んだ肉は噛みしめるほどに豊潤な肉汁が溢れだし、しゃきしゃきのレタスと瑞々しいトマトがアクセントとなりながら口の中で調和されていく。それを更なる高みへと押し上げるオレンジ色のソースは絶品の一言に尽きた。
一口かぶりついただけなのに幾種類もの味を織り成すそれを夢中になって食べていると、「いい食べっぷりだねえ!」、「こっちまで笑顔になるよ」と周りの大人たちも笑顔でメアリーに声をかけてくれた。
「……っ」
食べながら、じわりと涙が浮かぶメアリー。
ここには誰一人、自分を「首切り公爵の娘」と呼ぶものはいない。
「っぐ、えぐ……」
「あれ?メアリーちゃんどうしたの?」
「おねえちゃん、メアリーちゃんが泣いてるー!」
子どもたちの声にあらあらまあまあ、と女性がと駆け寄ってきた。追加の仕込みをしていたようで前掛けと三角巾をしたままである。
「どうしたの、メアリーちゃん。なにか不味かった?」
野菜が苦手だったかなと不安そうに訪ねる彼女に、メアリーはぶんぶんと首を横に振った。
「おいし、すぎ……っ、おいしすぎよ、ばかあ……!」
そう言って、ついにわんわんと泣き出してしまった。
女性はますますオロオロと狼狽え、子どもたちも不思議そうにメアリーを取り囲む。
その様子をアルフレッドは優しい笑顔で見守り、皆の輪から離れて動向を見守っていた町長は痛みに耐えるように唇を噛みしめたのだった。
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