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第一章

8話『公爵家の事情』

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異世界でスローライフを送るはずだったのに、町の人々の首をかけて幼女の晩ごはんを作ることになってしまったでござる。

(どうしてこうなった……)

逃げ出したいところだが、わずか半日でげっそりと頬の痩けた町長さんを見てしまうとさすがに良心が痛む。

うんうんと悩みながら宿の廊下を行ったり来たりしていると、落ち着いた紳士の声が聞こえた。

「レディ、少しよろしいですか」

れでぃ。 
聞きなれない単語に思わず立ち止まると、視線を上げた先にメアリーちゃんの執事さんが立っていた。
皺ひとつない執事服をびしりと着こなした素敵なロマンスグレーである。

「ご挨拶が遅れました。メアリー様付の筆頭執事、アルフレッドと申します。この度はメアリー様の要望を承諾してくださりありがとうございます」
「あ、あの、いえ、そんな……」

もお、逃げ出したいんですけど。
……とは流石に言い切れず、曖昧に相槌をうつ私。

「毒味として一口いただきましたが、昼の菓子は大変素晴らしい味でした。メアリー様も夕食を大変楽しみにしておられますよ」

ううう……プレッシャーが重い。
私はきりきりと痛みだした胃を片手で押さえながら、思いきってアルフレッドさんに尋ねてみた。

「あ、あの……料理に満足して貰えなかったら、ほんとに首を切られたりするんでしょうか……」

私の言葉にアルフレッドさんは一瞬目を丸くしたが、すぐに「まさか」と笑った。

「メアリー様のお言葉は、意地のようなものです。淑女として不適切ではありますが、どうか御容赦を」
 「い、いじ……?」

アルフレッドさんの言葉の意図が掴めず、思わず突っ込んでしまう。
彼は「ふむ」と少し考えて、

「……首切り公爵という通り名を聞いたことはございませんか」 

声を低くしてそう尋ねてきた。
私は首を横に振る。だって異世界生活2日目だもん、とは心の中だけで呟いたが。

「メアリー様のお父上……我々の主人であるエスメラルダ公爵の二つ名です。戦争で常に前線に立ち、数多くの首を上げたことからそう呼ばれるようになりました」

……前線に出ずっぱりとは、なかなかアグレッシブな公爵である。

「ここ一帯も戦争の際に切り取った領地でして。以来善政をしいて参りましたが、地元の者は公爵に対する恐怖がまだ拭い去れていないのです」

メアリーちゃんは物心ついた頃から「首切り公爵の娘」と領民や周辺の貴族から恐れられ、避けられてきたのだという。

……要するにメアリーちゃんはグレたわけである。
だから意地になって、あえて自分から首切り発言をしているということなのだろう。

「公爵はそれを……?」
「ご存知ではありますが、なんと諌めてよいか躊躇っておられるようです」

そりゃあ、公爵本人からは言いにくいわな……

(でも、だからってこのままほっといたら絶対にまずい)

人様の家庭の事情に首を突っ込むのは褒められたことではないというのは分かっている。
だが、アップルパイを食べたときのメアリーちゃんの笑顔を思い出すとどうにもじっとしていられなかった。

(……よし!)

私は改まってアルフレッドさんに向き直る。
アルフレッドさんは少し驚いた様子であったものの、すぐに背筋を正して私に視線を合わせてくれた。

「あの……私は、まだまだ修行中の身ですけど、メアリーちゃんが心から喜んでくれるような料理を作りたいと思います。その、もしかしたら、それが……」

(彼女を変えるきっかけになるかもしれないから)

……とは流石に恥ずかしくて口に出せなかったが、アルフレッドさんは私の気持ちを汲んでくれたらしい。
「ありがとうございます」と、私に向かって深々と頭を下げた。
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