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第一章

4話『食材召喚』

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さてさて、家中を漁ると出るわ出るわ金貨の山。
あのアルスとかいう青年はかなり溜め込んでいたようである。
そりゃあ、あれだけのマジックアイテムを作り出す魔法使いだ。お金稼ぎの方法などいくらでもあっただろう。

「……というか、お金なくても困らなさそう」

寝室や廊下に無造作に置かれた金貨の袋は溜め込んでいるというよりも使いどころがなくて放置しているという感じだった。

人様のお金に手をつけるのは気が引けたが、こちとらいきなり異世界に放り込まれた身だ。
それにあの青年はこの家のものはくれてやる的なことを言ってたし。ありがたくいただくことにしよう。ふふふ。

………いやいや。金貨の数をかぞえるより先に成すべきことがある。
それは、料理。私はリビングの中心でふんす、と鼻息を荒くした。

先ほど部屋をあさっている際に見たキッチンは、薪ストーブ式の熱源だった。ブリティッシュキッチンというやつだ。
そして水源はポンプ式の水道、つまり地下水。

アナログな仕様だったが私は逆に嬉しかった。地下水は軟水かも分からないし薪ストーブは火加減にコツがいるだろうが、私は手間隙かけた料理にこそ価値を感じるタイプだ。
……要するに凝り性なのである。オタク気質と言うか。

「さてさて……」

まずは早速召喚スクロールで食材を呼び出してみるか。
このスクロールは等価交換によって物を召喚する、しかもそれは個人の価値観による、と。

私は経済社会で育ってきたため、等価交換というのはつまり貨幣の価値に換算される……という仮定なのだが。
私はリビングのテーブルに召喚スクロールを広げ、その上に金貨1枚と食材名を書いたメモ紙を置いた。

書物の【マジックアイテムについて】を読んだ限りでは、このままスクロールを巻いて再び広げると、目的の物が召喚されるらしいのだが…

私はえいや、とスクロールを巻き込み、するりと広げた。するとスクロールに描かれた六芒星がピカピカと点滅し……

ぽふん。

少々情けない音と共に、見慣れた食材がそこに出現した。

パック入りの鶏肉。ソーセージ。ベーコン。卵。玉ねぎ。人参。ジャガイモ。マッシュルーム。食パン。 塩こしょう、ケチャップなど調味料一式。

賭けだったが、小さめのダッチオーブンやお玉などの調理器具。
そして魔方陣の端に、おつりと思わしき銅貨が数枚。

「やった…!」

自分が計算した価値と同等のものが届き、私は思わず拳を握りしめた。異世界とかまぢムリとか思ってたけどこれかなり素敵な生活できるぞ。
ありがとうアルス様、勇者とかはムリだけど、あたいこの世界で精一杯生き抜いてみせる…!
 
「、くしゅん!」

と、わき腹から入るすきま風にくしゃみが出た。いけない忘れてた。破れてた服そのままだ。

私は破れた服を見たまましばらく考え……ふたたびいそいそと金貨1枚とメモ紙をスクロールに巻き巻きした。
新しい着替えや下着を召喚するために。


「………よし!」

新しい服に袖を通し、いざクッキング開始である。
まずは薪ストーブキッチンに薪を投入し、火の杖を使って火を起こす。ものの数秒で薪に火が上がり、火の杖ハンパないとしみじみ思った。

さて、次は食材の下ごしらえ。
鶏肉は皮を取り除き、塩こしょうと酒少々、ついでにオレガノを揉みこんでおく。

その間に玉ねぎや人参、マッシュルームにソーセージを食べごたえのある大きさに切っていく。食材から見てお分かりのように、異世界初の料理はポトフである。
薪ストーブキッチンは火力が強くなりがちなため、上の天板上で煮込めるスープ系のものにしたのだ。火加減を覚えてきたら、ゆくゆくは炒め物や揚げ物なんかも挑戦してみたい。

さてさて、鶏肉から出た汁をキッチンペーパーでふき取り、鍋にしこむ。そして残りの材料も投入し、水を入れて天板の端で煮込んでいく。最初に浮かんだアクを取り除き、あとは火が通るのを待つのみ。

私は待っている間に、リビングの暖炉も点火した。
徐々に日が落ちてきたようで気温がかなり下がっている。
私は暖炉の前に陣取り、今日のことをぼんやりと思い返していた。

トラックに轢かれたかと思ったら、赤髪の青年に世界を救うためと異世界に召喚され。
しかもその本人は等価交換ということでこちらから居なくなり。そしてその人の家を調度品やらマジックアイテムごと受け継いで。

またそれがチート級の物品ばかりで。怪我もいつのまにか無くなっているし、私は異世界にいきなり呼び出されたことを怒ればいいのやら喜べばいいのやら。

(…………もしくは、負い目を感じるべき?)

私を勇者と呼んで消えた彼を思い出しぎゅう、と膝をきつく抱え込んだ。

勇者などと言われても私には何の力もない。苦労して入った大学さえ途中単位ごと投げ出した人間だ。

……だからこそ。
今度は誰に何と言われようと、自分のやりたいことをする。期待に沿おうとして己を騙すような真似はもうしたくない。

小さくはぜる薪を見つめながらそんなことを考えていると、キッチンのほうからいい匂いが。
私はキッチンに向かって天板から鍋を外し、食器棚からいくつか皿を取り出した。


軽く表面を焼いた食パンと、野菜たっぷりのポトフ。それらを並べ食卓につく。

「いただきまーす!」

まずはポトフを一口。じんわりと優しい味が口に広がり、慣れない環境に緊張していた心がほどけていった。
肉の下味以外は調味していないが、ソーセージからほどよい塩分と旨味が出て大変おいしく仕上がっている。

比較的短時間でこれだけ出汁が出たことを鑑みるに、おそらくあの井戸水は軟水だろう。これは料理をする上でかなり重要な要素だ。特に日本料理は出汁の成分がうまく溶け出して……

もぐもぐとせわしなく口を動かしながら、私は楽しい想像を膨らませていた。

明日の朝食はベーコンエッグと簡単なサラダで済ませるとして、お昼はあのマップスクロールなるものを用いてこの世界を探索しながら食事をしてみようか。何せお金は腐るほどあるのだから。

ああでも、こちらの情勢をよく知らないまま外に繰り出すのは危険だろうか。いやあの杖とか持っていけばなんとかなるだろうし……

などと考えている間に、すっかり食事を終えてしまった。体は芯からぽかぽかと温まり、満腹感も手伝って早くも眠気を覚え始める。
 
いやいやと頭を振り、ご馳走さまの挨拶と共に食器を洗いにいく。ポトフはまだ残っているため、鍋ごと隣室の貯蔵庫の棚に入れた。

ここは乾物や薬草の類が貯蔵されている場所だったが(金貨をかき集めるときに見つけた)、室内がほどよい乾燥具合だったため、氷の杖を中に立て掛けて簡易冷蔵庫として利用することにしたのである。

さて、食事も片付けも済んで、あとは……お風呂に入りたい。
金貨を集める際に部屋を探しまくった私だが、そういえば水回りの確認をしていなかった。

おそらくはリビングを出た廊下の先にある部屋なのだろうが……こちらの世界はトイレとかお風呂はどういう構造なのだろう。

ボットン系でないことを祈りながら、おそるおそる水回りと思わしき部屋の扉を開ける。

「………………」

予想はいい意味で外れていた。
扉を開けた先には小綺麗な洗面所があり、その奥にかべをしきってトイレがあった。
見た目には外国のお洒落なトイレという感じだ。配管がないのが気になってよくよく周りを見てみると、トイレの下に魔方陣が。

目を凝らすと、また鑑定眼鏡が働いてくれた。

【逆五芒星魔法陣】
・アルス=メゴットが開発した魔方陣。浄化の効果がある。汚れ、臭気すら浄化する。

……もう、何でもありである。アルス=メゴットパねえ、という感想しか出てこない。

気を取り直して、洗面所を挟んで反対側の磨りガラスドアに視線を移す。

……先程からぱしゃぱしゃと水が溢れる音がするのだ。これはもしかして…!!
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